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February 13, 2006

バレンタインデー

mama.gif バレンタインデー、である。

ロンドン中が赤やピンクのハートで溢れかえっている。
店先には可愛く包装された小さなハート型のチョコレート、その隣には巨大なハートのバルーン。

このファンシーさ、何もかもが大ざっぱなこの国で異彩を放っている。
もちろんバレンタインデーは、昔から「恋人の日」だったが、もう少し落着いていた様な気がする。
そもそも、「バレンタイン用チョコレート」というものが存在しなかった。
チョコレートを恋人に贈る人はいたが、普段から売っているベルギー産チョコレートなどだっただろう。

どうやら日本のバレンタイン商戦の逆輸入らしい。
バレンタインデーが大きな市場となっている日本に続け、というところだろうか。
商売のタネになれば他所の国の習慣でも節操なく取り入れ、記念日ビジネスにするのは世界的な傾向なのかもしれない。
この分だと、ホワイトデーはもちろん、ひいては桃の節句や端午の節句が世界中に定着する日も近いだろう。遠いか。

日本のバレンタインデーはどんな事になっているのだろう。やはり義理チョコ主流なのだろうか。
普段お世話になっている人に「季節のご挨拶」的なプチお歳暮とかプチお中元の感覚なのかもしれない。
しかし忘れてはならない。
日本式バレンタインの元々の意義は、、
「年に一度だけ、女性から男性に告白できる」
日なのであった。
ということは、あとの364日は女から告白してはいけなかったのか。
今にして思うと、えらい男尊女卑なコンセプトだったのだな。うーむ。

我が家のバレンタインの歴史はというと、私が渡英した7,8年前、その頃婚約者だったダンナからチョコをもらった。
しかし日本の様に「バレンタインデーにはチョコレート」という絶対的なルールがあるというよりも、チョコレート位しか贈るものがないというのが理由のような気がした。(人の家を訪問する時も、日本の「菓子折り」に相当するものがチョコレートしかないのだ。ああつまんない)
ダンナは香港チャイニーズだが、こちらでの生活が長いせいか、日本人男性よりはロマンティックなところがあり、赤いバラの花束も添えられてあった。

「この国では女がプレゼントしてもらえるのか。ラッキー」と素直に喜んだ。

しかしその後、赤いバラの花の価格がバレンタインデーには急騰し、一本8ポンドなどという法外な値段が付けられている事を知り愕然とした。5本買えばそれだけでもう40ポンドではないか。私の頭は40ポンドあれば何が買えるかと、セコイ換算で一杯になった。

「バレンタインデーにバラの花なんて買わなくてもいいからね!もうどうせ夫婦なんだからそんな演出は不要!」
私は「釣った魚にエサ禁止」を自ら宣言した。
ダンナも夢のない魚・・・いや女を、妻にしたものである。

2001年のエサ禁止令の発布により、その後のバレンタインプレゼントは比較的、相場の変動の少ないチューリップなどの花にとって変わられた。妥協案である。チョコレートはそのまま存続された。

しかし、また問題が起こった。

2002年に子供が生まれると、家に花を飾ることが難しくなった。
息子は超アクティブで、どこにでもよじ登る習性を持っていたため、花瓶に花を生けて飾ったりすればたちまち息子の標的となることは目に見えている。花瓶もろとも粉砕するだろう。

墓穴を掘るような事はしたくない。
よって、2003年には切花を全面禁止とした。「切り花ご法度の令」である。

ダンナも納得し、その後はチョコレートとカードだけのプレゼントで、数年間は安定した。

しかし先日、ある疑惑が湧いてきた。

元々私は、チョコレートなどの甘いものがあまり好きでない。
そのため、バレンタインデーに一箱もらうと、それを食べ終わるのはイースターの頃になってしまう。
箱にいつまでも残るチョコレートを見て、苦痛に感じることさえある。
ダンナだって一緒に住んでいるのだからそれは知っているはずだ。

それなのになぜ、彼はチョコレートを私に贈り続けるのだろう。
私のため、というより彼の自己満足を満たしたいからなのではないか。

そこで先日バレンタインデーのことには触れずに
「私ダイエットすることに決めた。もうチョコレートは一切食べない。」
と言ってみた。

ダンナは読んでいた新聞から目を上げず、「そう。」とだけ興味のない様子で答えた。が、瞳の奥に一瞬暗い影がよぎったのを、私は見逃さなかった。

さて明日、バレンタインデー。

ダンナがどんな法の抜け穴を探すのか、楽しみである。ていうか、少しは感謝しろよ自分。

投稿者 lib : February 13, 2006 09:20 AM

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