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August 08, 2008
You either see it or you don't
今日は不思議な体験をしてきました。
9月から東ロンドンの歴史を授業のカリキュラムに大幅に取り入れることにしたので、ここ数ヶ月私も色々と勉強しているのですが、たまたま日本から訪ねてきた親戚に「昔をそのまま再現した家がロンドンのLiverpool Street駅の近くにある」と聞き、一緒に行くことにしたのです。
Liverpool Streetといえば、現在はオフィスが立ち並ぶビジネスマンの街。隣のエリアであるOld StreetやShoreditchは若者に人気のナイトスポットですが、Liverpool StreetというとSpitalfieldsマーケット以外には観光客が特に訪れるような場所もないと思っていました。
訪れた場所の名前はDennis Severs’ House。Dennis Seversはアメリカからロンドンに渡ってきた芸術家で、1960-70年代にはかなり荒廃していたSpitalfieldsエリアの一角、Folgate Streetにある家を買って移り住みました。
やがて彼はその家の一つ一つの部屋を18世紀から19世紀の各時代の特徴を忠実に再現するように調度をそろえて改築していったのです。
現在、前もって予約をして月曜の夜にこの家を訪れると、ろうそくの光だけで家の中を自由に歩き回ることが出来ます。ただし、いったん家に入ったら誰とも口を利いてはいけません。そして、家の中にあるものに絶対に触ってはいけないのです。
この家を1つの作品とみなしていたSeversは、フランスから宗教迫害を逃れてやってきたプロテスタント(ユグノー)であるJervisという架空の家族を創り上げてその家に住まわせました。つまり、まるで各部屋にそのJervisファミリーが今でも住んでいるかのように表現したのです。
まず、家に入ると一階の居間に入ります。ろうそくに照らされた薄暗い部屋の中で、鳥かごには本物の鳥が羽を休ませており、テーブルには直前まで人がいたような跡が、、、。どこからともなく、床がきしむ音、人がしゃべっている音まで聞こえてきます。
そして、地下の部屋に下りると18世紀に時代設定されており、Jervisファミリーがユグノーとしてイギリスに渡ってきた当初の生活の様子がそのキッチンから垣間見られます。
暖炉には本物の火がはいっており、水周りには料理をしている跡が。テーブルにも新鮮な野菜や果物が置かれています。
そこから時代は19世紀へ。SeversのストーリーではJervisファミリーは絹織物のビジネスが軌道に乗り、生活もかなり豊かになります。2階付近の部屋はそんな19世紀の彼らの生活が反映され、地下と1階とは全く違う、立派な調度で部屋が調えられています。
私が部屋に入る直前までJervis夫人が朝ごはんを食べていたのでしょうか。ベッドの上のシーツは乱れ、ベッドサイドにはなんと食べかけのトーストと入れられてからそう時間の経っていないコーヒーが置かれたテーブルがありました。本当にコーヒーの香りが部屋に漂っているのです。
まぁ、これにはここの職員さんたちが直前までセッティングしていたのを私が一瞬見てしまったという残念な経緯があったのですが。
このような感じで、この家にあるものすべてがその家に生活する人々と繋がっており、普通の博物館と違ってそこら中に説明書きがあるのではないのです。テーブルにおいてある手紙、壁に張ってある写真、数あるアンティーク、360度、いたるところにヒントが隠されているのです。
訪れた人々は自分の想像力、視覚、そして嗅覚、すべての感覚を頼りに部屋の中を観察しながら当時の様子を探り、そしてそこにいた(Seversによると「今もいる」)人々と実際に会うことはないものの、ある意味コミュニケーションをとるわけなのです。
ですから、この家のモットーはタイトルに書いたように「You either see it or you don’t」。自分でこの家のストーリーに引き込まれなければ何も見えてこないわけです。まるで実物大のロールプレイングですね(まぁ、我々は傍観者ですが)。
残念ながらDennis Seversは1999年に亡くなりましたが、生前は彼自身がツアーのガイド役となってJervisファミリーの歴史を話していたようです。私も彼の案内で部屋をめぐりたかったです。
以前にも書いたとおり、このSpitalfieldsはユグノー、ユダヤ教徒、そしてバングラデッシュ人とロンドンの移民たちの玄関口となった地域で非常に歴史のある地域です。でも再開発が進む中、なかなか250年もの歴史をそのまま残す建物は少ないのです。
そんな時代だからこそ、その地域にこんな素晴らしいタイムカプセルを残してくれたSeversには本当に感謝したい気持ちでいっぱいです。
皆さんにも機会があったらぜひ訪れて欲しい、そんな不思議で素敵な場所でした。
投稿者 lib : August 8, 2008 12:56 AM