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<title>ロンドン生活ブログ</title>
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<title>2012年</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2012/01/2012_1.html</link>
<description><![CDATA[<p><img src="http://www.lib.uk.net/blog/londonblog/career2.gif" alt="career2.gif" width="41" height="50" /><br />
ふと気がつくと２０１２年である。</p>

<p>ここ１－２年いろいろと面白いことがあったのに、　「これ、書こう」　と思いながら、怠惰を決めており、深く反省。　「今年こそダイエット」　と同時に　「今年はブログを頻繁に書く」　のが目標である。　<br />
その他にも　「田中造顔マッサージをする」　とか　「骨盤体操で肩こりをほぐす」　なんてのも、考えている。</p>

<p>いつの間にか、ギリシャの首相もイタリアの首相も失脚し、スペインの内閣は変わっている。　思えば、最近ホリディに行った国ばかりだ。　もし、私が経済テロリストかなんかだとすると、行く先々の国で経済が破綻するような工作を・・・・するわけないか。</p>

<p>天気は悪く、冴えない食べ物文化で、海水は冷たく、意地悪な人が多いイギリスから、ホリディに行きたいような国といえば、太陽はサンサンと輝き、食べ物は安くておいしく、海は暖かくてキレイ、人々は陽気である。　こんな楽園に住んでいれば、借金の返済なんていやな事を優先的に考えるわけがなく、そんな国々に金を貸したのが大間違いであろう。　</p>

<p>個人ベースで考えれば、ビーチに寝転び、オリーブとシーフードをつまみに、ワインをすすりながら、のんびり暮らしている輩に　「ぜーったい、ぜーったい、返すからね。　一生懸命働いて返すよ。　汗水流して働いて返すからさあ。　ね、だから、お金貸して」　と言われて、貸すバカはいないだろう。　ユーロ圏の今後はどうなるのか。</p>

<p>そういえば、ローマの話が終わっていなかった。　　</p>

<p>さて、旅行中のハイライトといえば、同じ旅でも人によって違う。　</p>

<p>カソリックの友人はもちろんバチカン市国への訪問。　</p>

<p>前日に他の教会に寄ったとき、　「懺悔、受付中。　ランプのついたブースにどうぞ。　英語もＯＫのブースあり」　みたいな表示を見たらしい。　で、それなら、いっそ、カソリック総本山のバチカンで・・・と思ったらしい。</p>

<p>サンピエトロ寺院では、荷物検査（危険物を持っていないか）の他に、服装検査（ショートパンツ、ミニスカート、肩だしトップはダメ）がある。　ガイドブックを読んでいれば、スカーフを巻いたりするだけでＯＫなのに、何の準備もなく、エセックスあたりの場末クラブに出かけるような格好で来て、入館を断られている女を見た。おまけに彼女のボーイフレンドは、「じゃ、待ってて」　とカメラを手にさっさと入ってしまい、　「せっかくのローマ旅行なのに、あのふたり、これっきりだろうね・・・」と友人と顔を見合わせたのであった。</p>

<p>懺悔？（告解？）はカソリック教徒から、神父さんに　「今日、今週、あるいは今月、自分で反省するべきこと」　の報告らしいが、友人は何年も　「溜めていた」　とのこと。　毎日曜日に教会に行っているのに　「地元の神父さんだと気心が知れていて、懺悔するのはちょっと恥ずかしい」　そうである。　意味不明だが。</p>

<p>その他にあれやこれや、いったいどんな悪いことをしてきたのかは知らないが、　「ものすごく怒られた」　とマジで汗を流しながら帰ってきた。　それでも、「今後は、悔い改めなさい」　と小さな金のペンダントを神父さんからもらったという。　「懺悔をしたので、天国に行ける。　帰りの飛行機が落ちても、大丈夫」　と喜んでいたが、カソリックでない私を巻き込まないでほしい。　別の飛行機にしようかしら。　（でも私には地元の神社の　「交通安全」　のお守りがあるからＯＫのはず）</p>

<p>私のローマのハイライトは　「スイカ」だった。</p>

<p>「すべての道はローマにつながる」　そうだが、実際のローマの道は一方通行が多い。　同じ番号のバスが行きと帰りでまったく違う道を走ることがあるのを知らなかった。　</p>

<p>オペラを見に行った帰りだ。　音楽学校の庭のようなところであった小さいオペラで、ビールを飲みながら夜空の下での鑑賞。　ほろ酔いでホテルに帰るはずの番号のバスに乗ったら、交差点で知らない道へと進んだ。　あわててバスを降りたが、見覚えのないエリアである。<br />
　<br />
友人の　「こっちだと思う」　という言葉を半信半疑に聞きながら進む。　ローマでは流しのタクシーがいないのもつらい。　時間は真夜中に近い。　無事にホテルに帰れるのか？　</p>

<p>大都市の郊外で場所の見当もつかないままにバスを降りる。　こんな無謀なことをアメリカですれば、あっという間に身包みはがされて、頭に風穴が開いているだろう。　とりあえずここはローマ、私たちのホテルのある地域は高級住宅街で、危険そうには思えなかったが、それでもわからない。げっ、やばくない？</p>

<p>と、そのとき、目の前に現れたのは、</p>

<p>・・・・・・・・・・・・・スイカの屋台</p>

<p>である。　</p>

<p>軽トラックの荷台にいっぱい積まれたスイカとメロン。　その隣には煌々と明かりをつけた屋台にテーブルと椅子。　そこで、小さい子も含めた家族連れが楽しそうにスイカにパクついているのである。</p>

<p>私は怪奇話が好きだ。　「夜道で見た、見てはならないもの」　といった話には結構詳しい。　このスイカの屋台の突然の出現はそれに近いものがあり、狐に化かされたような気分である。　そこから５０メートルも進むと別の屋台もあったので、どうやらローマ市民にとっては夏の夜の日常風景のようであった。</p>

<p>二人できょとんとしていたが、ホテル近くのマクドナルドが目に入り、なんとかホテルに戻った。　</p>

<p>あの屋台でスイカを食べてもよかったな、と今になって見れば思うが、翌朝、スイカの代わりにしゃれこうべを抱いて目が覚めた恐れもある。　</p>

<p>ゆえに、スイカの屋台が私のローマ旅行のハイライトだ。　異議、意見のある方はご連絡を。</p>

<p>今年もよろしくね。</p>]]></description>
<dc:subject>キャリアウーマン</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2012-01-26T21:54:46+00:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2012/01/2012.html">
<title>2012</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2012/01/2012.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>新年早々、仕事で急遽一週間ほど東京へ出向いた。年々時差ぼけがひ<br />
どくなっており、ホテルで真夜中に長い時間仕事をするはめになる。<br />
１２平米のシングル部屋はキツイので、こたびは銀座にある、多少広<br />
めの部屋を持つホテルを試してみた。スーツケースをジャンプする必<br />
要は無く、客層は穏やかなのか、真夜中に大声で歌いながら部屋に入<br />
る兄ちゃんはおらん。ワイン屋は徒歩１０秒、コンビニは徒歩１分。<br />
良し、気に入った。今後も暫くここを利用することになるだろう。</p>

<p>歳を重ねると共に保守的になってきているのがわかる。一度良しと思<br />
えば、それ以上の事はどうでもよくなってしまう。これはよくないと、<br />
思ってはいる。四歳の長男は好奇心の真っ只中、天下一のいたずら坊<br />
主の称号を最近両親から授与された。家では日本語の長男が、英国の<br />
幼稚園で覚えてきたセンテンセスは、"Sit down!" と "Go away!"であ<br />
り、先生や同級生に shout されている図が浮かぶ。他方これはうらや<br />
ましい限りである。何事もやってみなければ、という意思はあるのだ<br />
が、坊主の名誉とはもう比較にならぬ。</p>

<p>枯れたオヤジの回想録となるが、若い頃は、ここに書くは躊躇すべきこ<br />
とも含め、どっぷりと突っ込んでいくという興味の対象がたくさんあっ<br />
たなア。小学時代、新聞店でのバイト給料（不法なるも時効）は、フィッ<br />
シング道具や音楽関連につぎ込まれた。小さなステレオを月賦で仕入れ、<br />
ＬＰを買い、直ぐに擦り切れる高価なダイヤモンド針を替えた。中学<br />
になると、自転車の大改造と洋服（アイビーが流行した）。高専時代<br />
は、サッカー、バンド、アマチュア無線、そしてオートバイ。無論こ<br />
の間、女の娘などは大いに含まれる。中学時代にアマチュア無線資格<br />
を既に取得し、かつ英語が多少できるという、とんでもない男が同年<br />
にいた。これはやらねばと思ったが、２０年かかって後者を含めなん<br />
とかした。凝り性ではあったと思う。これら道楽は全て金のかかるこ<br />
とであるが、親の説得やバイトやパチンコ（これ重労働）を通じて、<br />
交渉や仕事をして収入を得る面白みを１０代で体ごと知ることができ<br />
たのは、実におもしろきことであり、これらはその後の僕の仕事論に<br />
影響しているのであろうかなあ、と思う。</p>

<p>歴史小説に出てくる５０歳前後の偉人たちは、取り掛かっている仕事に<br />
ドップリ浸かっており、道楽の時間は無いように読める。とはいえ、道楽<br />
につながる好奇心とか探究心は、持ち続けていたのでは。これがないと<br />
石頭となり、暮らしが暗くなる。</p>

<p>５１度目の正月。時差ぼけをはじめ、さまざま衰えるところが多いの<br />
は自然のいたすところ是非も無し、せめて気の持ちようでもって不自<br />
然にでも若返るべきところは、意識して活を入れていこうと思う。謹<br />
賀新年、とにかく明るく行きましょうや。</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2012-01-22T23:15:24+00:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/new_years_eve.html">
<title>New Year&apos;s Eve</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/new_years_eve.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>大晦日の朝は少し二日酔いと少しの寝坊、子供達に起こされ、近所の<br />
Battersea Park Children's Zooで猿やら豚を見学したが、彼らはその<br />
後、play area でそのまま豚か猿と化していた。砂だらけで濡れた服を取<br />
り替えてから、昼食はこれまた近所の Cho-san にて。カツ重が美味かっ<br />
た。</p>

<p>午後はゆっくり家でシャンペインをいただきながら、日本のＴＶ番組、<br />
ゆく年くる年をリアルタイムで観た。今年の春先、面白い仕掛けを作っ<br />
てみた。日本のテレビ番組をＵＫで楽しむというものである。日本のど<br />
こかにＰＣを置き、テレビのアンテナ・チューナーを接続し、ＵＫから<br />
（または世界どこでも）インターネット経由でこれをダウンロードした<br />
り、リアルタイムのストリームで観るというものである。事業ではなく、<br />
個人が番組を楽しむ分には、今の法律はそう煩いことは言わぬ。当仕掛<br />
けでは、日本でのＴＶ受信ＰＣは函館市に存在している。この為、東京<br />
で見れる番組が、たまに番組表に無い、というマイナーな問題があるが<br />
（日曜の時事放談など・・・）、家の者たちにとって、無くてはならぬ<br />
ものとなっている。しかるに、家人達に唯一褒められるのは、ＩＴ（情<br />
報技術）に強い、ということであるが、それは３０年来の僕のビジネス<br />
である。弱いというわけには参らず、なんとも情けないことではある。</p>

<p>１２月は、我が家ではどちらかといえば凶である。僕は、患者として病<br />
院のベッドで一晩でも過ごすということが皆無である運を持つが、４歳<br />
の長男は既に２度それを経験している。それらがどちらも１２月。二度<br />
と起こって欲しくないイベントだった。そもそも、４年前のクリスマス<br />
前後に生まれてくるべきだった彼は、その時期を嫌ったか、７週早く１<br />
１月上旬に出生の日を定めた。そんなこともあり、１２月に入るや警戒<br />
レベルをイエローに引き上げ、そろりと師走を過ごしてきた。おかげさ<br />
まで、あと１時間で無事１２月も終了だ、ありがたや。ＴＶはＢＢＣあ<br />
たりに切り替え、寝酒のポートワインと共に、恒例のNew Yearどんちゃ<br />
ん花火を楽しもう。</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-12-31T23:12:00+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/governance_1.html">
<title>Governance</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/governance_1.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>他方のスキャンダルだが、こちらはそう簡単ではない。</p>

<p>最近のニュースでは、旧トップが事の了承を認めたとある。それ以前<br />
には、関与を否定したとあった。組織のトップが、これほどの粉飾を、<br />
自分の知らぬところであったと発言することは、自らが、その資格停<br />
止を宣言すると同じであろう。知らぬところで発生した、だからトッ<br />
プとしては責任は軽い、という考えでの発言なのであれば、それは驚<br />
かざるを得ない。部下や社員の皆さんには、まことに気の毒なことで<br />
ある。</p>

<p>たたき上げで社長まで登りつめたということは、無論大きな功績を何<br />
度も上げてきた、戦略も実行力も優れた方であろう。どういう気持ち<br />
で数年ＩＲを実施してきたのであろうか、心中穏やかではなかったで<br />
あろうが、その行く末に、子供だましのような発言と共に、社長９年<br />
間、７０歳で刑事事件の中心人物となってしまう。なんとも言えぬ、<br />
あまり聞きたくないストーリーである。名こそ惜しけれ。</p>

<p>城山三郎氏は、企業のトップ、長くても６年がよろしい、と。一般論<br />
を引き出すのは少々荒っぽいとは思うけれども、大いにうなずいてし<br />
まう、さすがのご識見。大企業のような多くの人材を持たぬ中小企業<br />
では、相当な難しさはある。実際はさておき、それでもポリシーとし<br />
ては、起業当初から持ち続ける事に意義はあるはずだ。なにしろ、世<br />
代交代も視野にいれ、うん十年単位での持続性をポリシーとして持ち<br />
続ける者にとって、順法は、これ最低限。一時的な非営業利益の為の<br />
無用なリスクは取り得ない。</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-12-30T21:08:26+00:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/governance.html">
<title>Governance</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/governance.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>僕の名前は吉田卓弘と書く。父親は国語の教諭であり、次男のはちょ<br />
いとひねってやれと思ったのであろうか、[たく]ではなく、 [たか]ひ<br />
ろと無理やり読ませた。僕と同じ綴りのTakahiro Yoshidaさんにめぐ<br />
り合ってはいないが、数ヶ月前、全く同じ綴りの方、但し随分若そう<br />
な方から、僕のFacebook にリクエストが来た。どうしたものかと思っ<br />
たが、面白そうだったので Accept した。その後、何が起こるでもな<br />
く、メッセージも来ないし、整理のついでに消去したが、先方も単に<br />
なにかあるかもしれないと思ってリクエストしたものであろうか。ち<br />
なみに、Facebookはそれを知る為にアカウントを作った。月に何度か<br />
思い出してはアクセスする程度である。毎日数時間を費やす若者がい<br />
るそうだ。何が面白いのやらとんと分からぬが、こうした新媒体は次<br />
々と出現するのであろう。企業がこれらをすばやく勉強し、PRの新手<br />
段として取り組まねばならぬのは明白であることはよく分かるが。</p>

<p>２年前、長女の名前を決めなければならなかった。その読み音（即ち<br />
英語表記にもなるが）は、わりとすんなりと決めたが、日本語での書<br />
き表記に悩み、結局２文字のカタカナのままで大使館に登記した。僕<br />
の祖母は明治生まれで、[コト]という、なんとも可愛らしい名前だっ<br />
たが、その体系。良い漢字が見つかったら、変更すればよろし。と思<br />
っていたが、これを彼女の祖父、即ち僕の父親に伝えたところ、名を<br />
変更するのは、相当な理由がないと無理であろうという。知らなかっ<br />
た。長女が将来、どの国で永く住むことになるものか、見当もつかぬ<br />
が、それが日本であった場合には、名について多少珍しがられるであ<br />
ろう。父親に似て字が下手だったら、カタカナで計４画というシンプ<br />
ルさが襤褸隠しにはなるかもしれないけど。</p>

<p>まあ、名前なんぞは背番号みたいなもので、なんでもよいと思う。４<br />
９番でも打つ人は打つであろう。数年前に長男ができたとき、画数云<br />
々という事を言うてくれた人もあり、少々インターネットで勉強して<br />
みた。苗字を変えるわけには参らぬから、さっそく尊敬する吉田茂や<br />
吉田松陰の画数を調べたところ、ほぼ最悪の姓名判断結果であったに<br />
て、考慮に値せず。結果、長男は英語で３文字、漢字では１文字、そ<br />
の画数は３。数字を覚えるのに桁数は少ない方が容易であろうが、似<br />
たようなものであろう。父親の勝手な視点では、気に入っている名で<br />
はある。</p>

<p>さて、名こそ惜しけれ。無論、一個の人格を指しての惜しけれなので<br />
あって、その名がトニーであってもタカヒロであっても、そんなこと<br />
はどうでもよい。昔の日本の武士階級の人々が、男も女も子も、かく<br />
仕事すべし、かく生きるべし、というポリシーを示したものである。<br />
人の上に立つ人々の中にも、大いに勘違いしている輩、昔もかほどに<br />
多かったのであろうか。すなわち、名と職位をあべこべに考える。職<br />
位こそ惜しけれ、そして、惜しけれの意が１８０度反転している。肩<br />
書きに恋々とし後世にゆずらぬ、地位を乱用して公の資産を私の資産<br />
に移動する等々、話題に事欠かない。丹羽中国大使の受け売りだが、<br />
そんなに地位が大事なのなら、毎朝たすきを肩にかけて、私はどこぞ<br />
の社長であるとか、どこぞの元頭取だったと大書してモナコのカジノ<br />
街あたりを歩けばよい。なにが面白いのだろう、全く分からぬ。</p>

<p>ガバナンスという単語を新聞などでよく目にする。カタカナで書いて<br />
しまうと、日本のメディアの使い方からか、順法性を主に指すような<br />
印象を受けるが、本来は広い範囲での”組織統治全般”にあると思う。<br />
軍隊でいうと、”左翼がやばい、援護！”とトップが号令すれば、参<br />
謀が、”中央後方転換、リスクはＢ”、”よしっ、やれっ”と、トッ<br />
プの判断が前線の兵隊まで迅速かつ正確に行き渡り、かつ実施できる<br />
組織のありようが、強いガバナンスの指すところだと思う。企業も同<br />
様である。”ここ３ヶ月、事業Ａは多少手抜きで良し、事業Ｂにフォー<br />
カス！”。”世間に説明できぬような、ぬるいことはするな！”。トッ<br />
プの意思が前線部隊まで、いかに効率よく正確に伝達され実施される<br />
か。どうそれを計測して素早くPDCAを回すか。様々な組織論がトップ<br />
の頭を悩ますわけであるが。</p>

<p>会社組織のガバナンスでは、取締役会がその組織を統治することが最<br />
初の仕事。今話題になっているカジノファンが元会長だった会社組織<br />
のガバナンスは、きっと平均以上の強さを備え、運用しているのだと<br />
予想する。その一部事業の圧倒的シェアが物語っている。問題は、取<br />
締役会自体を誰がどのように統治するか、というところにある。現代<br />
の年一度の株主総会はワークしないことは事実が物語っている。社外<br />
取締役とか委員会設置会社などという手段もあるが、これを決定す<br />
るのはトップである。名こそ惜しけれという意思を欠いた者がトップ<br />
に着くことから、こうした事件が発生するのだから、解決の本筋には<br />
なれないだろう。日本男児の末席に位するもの、このような子供じみ<br />
たスキャンダルを世界に発することは以後皆無としたい。第一歩とし<br />
て、名なぞ惜しくないという人物を上場企業のトップに据えることを<br />
日本国では断固違法とした、とはできないか。上場会社または売上ウ<br />
ン十億以上の企業では、法律でもって世襲を禁止。優秀な２世だった<br />
ら、他の会社でも出世し、会社や日本国の為に良き仕事をしてくれる<br />
であろう。<br />
</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-12-22T22:46:57+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/jet_lag.html">
<title>Jet lag</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/jet_lag.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>1990年1月、はじめての欧州、ロンドン・ヒースロー空港行きJAL機に<br />
乗っていた。前職でお世話になった会社への入社面接が目的だった。<br />
当日のロンドンは記録的な大嵐。ひどい風でなかなか着陸できず、パ<br />
リにリルートするかもしれないという機内アナウンスが日本語であっ<br />
た。ちなみに当時、英語は全く解せない。空港上空で、滝のような急<br />
降下・上昇を１時間半ほど執拗に繰り返し、飛行機というものは、か<br />
ほどに残酷な揺れを持ってしても翼が折れないものかと、青い顔をし<br />
ながら妙に関心していたが、暫くすると周りの乗客の女性・子供達の<br />
悲鳴と共に、Terminal 3 に着陸した。 Landingの刹那、機内では乗客<br />
の拍手が湧き、その後１分ほども続いた。</p>

<p>ＢＴのロンドン電話網は嵐の影響でほぼ全滅だったのだが、お目当て<br />
のオフィスに電話が通じないのは、初めてのＵＫ公衆電話の操作ミス<br />
かもしれないし、コインの入れ方がおかしかったのかもしれない、そ<br />
もそもコインが間違っているのではないか、などという、まったく外<br />
地で左右何がなんだかさっぱり分からぬ、という状況に陥った。なん<br />
とか事前に教えてもらったとおり、のろのろ運転の地下鉄を乗り換え<br />
したりして、シティーにある目的地の最寄駅に到着した。ここまで着<br />
陸から３時間程はたっぷり経過していた。ビル名（ワールドトレード<br />
センター）しか覚えていない。道を聞いても英語は分からん。地図も<br />
なし。携帯電話が出現するには５年待たなければならない時代の大嵐<br />
の夜である。目的地の隣のビルに入ってしまい（当時、ワールドトレー<br />
ドセンターは二つのビルからなっていた）、その中を１時間もあちこ<br />
ち歩いた末に、これは何か違うな、などと相当勘に頼った試行錯誤で<br />
あった。Ｏ型というのは、予め地図も用意しない良い加減なのだが、<br />
結局は何とか仕上げる、という能力は多少持っている。</p>

<p>勘を評価いただいたのか、その夜、社長さんにさっそく合格を頂<br />
戴し、社員の皆さんにどこぞのイタリアン・レストランに連れて行っ<br />
てもらったが、なにを食うたらよいものか、英語のメニューを将来の<br />
同僚さん達に説明して貰い、なぜかウナギを頼んだが、半分喰ってあ<br />
との半分はその場で寝ていたように記憶している。２９歳の新入社員、<br />
現地採用の日本人は僕が初めてだったそうだ。</p>

<p>初欧州の洗礼は、これだけでは終わらない。２泊後の帰路、飛行機が<br />
故障して飛ばなかった。空港近辺のホテルで一泊となったが、これも<br />
英語のアナウンスが多く、なんだか左右さっぱり分かん。金魚の糞を<br />
実施、なんとか航空会社が手配したホテルに宿泊し、翌日午後のフラ<br />
イトに乗ることができた。当時若かったが、それでも、わけのわから<br />
んことにとにかく疲れた。東京のアパートに帰宅後、２０時間ぶっ通<br />
しで寝た。これ、運が良いか悪いかとなれば、初の欧州行きでこのよ<br />
うな経験は、そう得られないであろうから、大吉。</p>

<p>---<br />
ロングホールによる時差ぼけというのは、歳をとると共に厳しくなる<br />
と思っているが、そうでもない方々もおられる。東京から先ほど飛ん<br />
でこられて来たこの年齢の方が、なぜこんなにお元気なのだろうとい<br />
うケースは多々ある。残念ながら僕は前者の典型であり、最近では筋<br />
肉痛と同様、３日目が一番きつい。夜、多少のワインを飲んでから遅<br />
めに寝ても、夜中の２時、３時に目が覚める、というような程度のも<br />
のではなく、完全なる覚醒である。是非も無く、うだうだ仕事をする。<br />
その質は無論貧弱。漸く目が疲れてきた朝の５，６時位に２度寝に入<br />
るが、その後２時間で出社の時間となる。これが完璧に晴れるまでに<br />
は、まず１週間はかかる。ところが、その時点でそろそろ帰国となる<br />
ので、逆の同じことが、今度はロンドンでまた起こる。</p>

<p>時差ぼけフリー、かつ超高速な移動手段を発明していただきたいなあ<br />
と思う。酔うといつも同じ事を言出だすが、飲み相手も同様。大体は<br />
地球に縦穴を空けてカプセルでシューっと、という現実性のない貧弱<br />
かつ柔軟性の全く欠如した空想となる。昨年は１１月に大雪の降った<br />
ロンドンだが、今シーズンはまだ無い。とはいえ師走に入り、冷たい<br />
風の強い日が続いている。皆様、風邪などめされぬように。</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-12-12T16:35:12+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/kanji.html">
<title>Kanji</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/12/kanji.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>長らく日本を離れて英国なんぞに住んでいると、東京出張の際にどう<br />
しても気をつかう。タクシーのドアを自分で閉めてはいけない、相手<br />
に酒を注がねばならぬ、リフトでは女性を背にして出たほうが無難等<br />
々、意識をせねばならぬことが多々ある。電車で肩がぶつかったとき<br />
に、反射的に sorry と言ってしまい、たいへん嫌な雰囲気をつくっ<br />
てしまうことなどは、海外土着組の共通の課題であろう。日本で２０<br />
年生活している英国人の知人を持たぬが、一度、そのような人とゆる<br />
りと酒でも酌み交わしたいものである。差すのを忘れるのは、無論僕<br />
の方であろう。</p>

<p>気疲れなのか時差ぼけなのか、東京で飲むと普段より酔いがまわる。<br />
心地よい睡眠をブレークされた時、それがタクシーの中であることを<br />
理解するのに１秒かかった。２秒後には自分が何処にいるのかを忘れ、<br />
"What did you say?"。３秒後にその失態に気付いたが、あとに戻れ<br />
ずそのまま通し、Thank you といって下車した。乗ったときには”新<br />
富町のなにがしホテルまで御願いします”と函館なまりの日本語であ<br />
ったろう。運転手さんは狐につつまれたようであったろう、まったく<br />
申し訳ないことをした。</p>

<p>こうした海外ボケ防止もあって、なるべく母国語の新聞や小説を読む<br />
ように心がけている。いや、活字中毒ほどは行かぬまでもそれに近い。<br />
成田空港で最新の文芸春秋を手にいれてからバスに乗りこみ、塩野さ<br />
んのエッセイなどを夢中で読みながら、気がつくと一瞬にして都心に<br />
入っている。至福の時間である。</p>

<p>読むぶんにはまず問題ない。プロの文章家の句読点の打ち方に文句を<br />
つけたくなることもたまにはある。だが絶対的に漢字を書けなくなっ<br />
てしまった。いま”一瞬”という単語を使ったが、ワープロのお世話<br />
になっているだけであり、自分の手では書けるのは、”一”の方だけ<br />
である。しかし、その回復とか勉強は、今時間を割けられる分野では<br />
なく、当面は是非もなしと諦めている。壁に貼られた級友の作文かな<br />
にかの流暢な文字をまのあたりにし、こらあかんと諦め、書き文字と<br />
いうものは自分だけが後に記憶をたどれる程度で十分と、勝手に決心<br />
したのは確か小学５年生の時だったと思う。その後幸運なことに、Ｐ<br />
Ｃやワープロというものが出現し、僕の決心を裏付けてくれた・・・<br />
とは思わないが、漢字を書けなくても、いまのところ大いなる不便は<br />
ない。ないが、恥かしい思いをせねばならぬのが、結婚式とか、ホテ<br />
ルのチェックインとか、公衆の面前で漢字を書かねばならぬ際である。<br />
かくして僕にとって、やはり東京はある種の緊張を迫られる場所になっ<br />
ている。</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-12-06T20:49:56+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/10/cold_turkey.html">
<title>Cold Turkey</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/10/cold_turkey.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>節目とは良く言ったもので、自然科学的には殆ど意味が無いのだろう<br />
が、それ、怠惰な僕のような人間にはそうしたイベントが、しばしば<br />
行動のトリガーとなってくれる。</p>

<p>今月は二つ。当社の１０回目、および個人の５０回目の誕生日を迎え<br />
たこと。</p>

<p>前者だが、特別な感慨は無い。SustainAbility などと偉そうなこと<br />
を言い続けてきた。今でも判断のポリシーの第一はそれである。たか<br />
だか１０年でどうこう言う筋合いは無いであろう。最初の小さな１ユ<br />
ニットを、まずはサバイブしたぞえ、と言う位の気で、永く顧客に愛<br />
される組織を維持せねば、いまだ吹けば飛ぶような組織である。せい<br />
ぜい励み続けなければなるまい。</p>

<p>後者は、それほど単純ではない。人が死ぬれば、その将来は死の刹那<br />
に消滅する。将来やるべきこと、いや、確実にやらねばならぬものが<br />
在ると信ずる者にとって、死ぬることなくそれに向かって前進を続け<br />
られたと思えば、それはなかなかのものである。まさに、ありがたい。<br />
以前、運のことを書いた。努力による運、全くの偶然による運。ヘル<br />
シー的には大分お茶目な３、４０代を過ごしてきた者にとって、５０<br />
年間死ぬることなく過ごせたことは、神仏に頂戴した運がよほど良かっ<br />
たとしか結論付けられない。他方、運によりかかるものは、運によっ<br />
て滅びることも歴史的事実のようであり、そこのところが、実にヤバ<br />
イと思っているこの頃である。簡単に言うと、酒とタバコという悪友<br />
達から、少し距離を置いた付き合いをせねばなるまいだろうなあ思う。<br />
（こういう表現に意思の弱さが表れるなア）</p>

<p>ここまで書いて、いつもの半分程に量を減らした（本日）最後のタバコを<br />
庭でくわえていたら、天から声が降りてきた。”オッサン、１０年前の誕<br />
生日にも、同じこと言ふてたで”</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-10-04T00:31:33+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/08/post_560.html">
<title>ＵＦＯ　目撃情報</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/08/post_560.html</link>
<description><![CDATA[<p><img src="http://www.lib.uk.net/blog/londonblog/career2.gif" alt="career2.gif" width="41" height="50" /><br />
２０１１年８月２６日　（金）　９ｐｍ　南ロンドンで、ＵＦＯ　らしきものを目撃したので報告しておく。</p>

<p>窓を開けると、西の空にオレンジ色の光が並んでいた。　　線香花火の終わりにできる赤い玉のような色と形でくっきりとした丸い光が、１０個くらい宙に浮かんでいる。　最初は近くの公園で花火を打ち上げているのかと思ったくらいで、けっこう大きい。　遠い星の大きさではなく、２０メートル先の赤信号レベルのサイズである。</p>

<p>んん？　と友人と顔を見合わせた。　「あれ、何？」　「さあ・・・」</p>

<p>友人がぜんぜん動揺していないので、　（胆の据わった奴だ・・・）　と感心したのだが、後日聞くとメガネをかけていなかったので、イマイチよく見えていなかったとのことだった。　（目撃者として不適当）</p>

<p>光の玉はヘリコプターのような音はなく、飛行機のようには直線で移動していない。</p>

<p>はじめは編隊を組んでいるみたいに、クリスマスツリーのような長細い三角形を作っていたが、そのうち、編隊が崩れてバラバラとなり、ひとつずつ離れていき、雲に隠れて消えた。</p>

<p>見ているとき、ＵＦＯという単語が出なかったのは、あまりに堂々とした出現の仕方だったからか。　できれば皆様の注意は引きたくないという遠慮が見えなかった。　光の玉もでかかったし、数もあった。　撮影したければ、どうぞご自由に、というおおらかな態度である。</p>

<p>最近、ＵＦＯの目撃情報が多いと聞くが、それは携帯の普及とＹｏｕｔｕｂｅのせいだろう。　昔なら、映像で記録したり、公表する機会はなかったもんね。　が、残念ながら、私の携帯は超旧式で、　「電話をかける、受ける」　「テキストを送る、受ける」　以外の機能がない。　ポカーンと口を開けて見ていただけだ。</p>

<p>ＮＡＳＡには秘密情報がある。宇宙人の死体が保存されているとういう噂もある。　</p>

<p>宇宙人といえば、クラゲのようなのとか、逆三角形の緑の小人がよく描かれている。　とりあえず目鼻があって、手か、手の機能を持つものがあるあたりが、人間の形をベースにしただけで想像力に乏しいよね。　もしかすると、サイコロの形でころがりながら移動するとか、腕時計の形でチクタク地面を滑って動く生物かもしれないのにねえ。</p>

<p>ＮＳＡは色々なことをやっているらしく、怪しげなダイエット広告ではＮＡＳＡが秘密裏に研究開発したダイエットサプリなどもあることになっている。</p>

<p>空に浮かぶ奇妙な物体はときどき見かける。　あれ？　という感じで空を見上げると、つられて見る人がいるのでおかしい。　反応がないときは　「何かしら・・・」　とつぶやいて注意を即す、ということもやっている。　個人的には、昼間の空に浮かぶ銀色の物体は糸の切れた風船　（銀色）　だと思う。　田舎道での夜間のドライブで見るのは車のヘッドライトの反射だったりするらしい。</p>

<p>でも、何だったんだろうな、昨夜のオレンジ色の光の編隊。　不思議。</p>

<p>そういえば、子供の頃、夕方、空を見ていると怪しげな物体が飛んでいるのを見たことがあった。　いそいで母親に報告に行ったのだが、</p>

<p>「ＵＦＯ？　そう、よかったわね。　で、宿題は終わったの？」　という返答だった。</p>

<p>ＵＦＯの目撃情報よりは、宿題のほうが重要であるという教訓を得た大切な瞬間である。　</p>

<p>さて、宿題をしなくてもよい年代の私。　最後の光が雲に隠れると、</p>

<p>「あーあ、見えなくなっちゃった。　じゃ、ワインでも開けますか？」　と友人と酒盛りに入った。</p>

<p>大人になった今、ＵＦＯよりはワインのほうが重要である人生を送っている。</p>

<p>ＰＳ．Ｙｏｕｔｕｂｕｅ　で検索すると、　ＵＦＯ　Ｆｌｅｅｔ　という所にたくさん映像があった。　「やはり、ＵＦＯの編隊だったか・・・」　と思っていると、その後、　Ｃｈｉｎｅｓｅ　Ｌａｎｔｅｒｎ　の項目があり、願い事をこめて空に放つ提灯（？）がＵＦＯと勘違いされる、とのこと。　ちっ、ＵＦＯでなかったのか・・・。</p>]]></description>
<dc:subject>キャリアウーマン</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-08-30T11:15:00+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/08/realism.html">
<title>Realism</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/08/realism.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>吉村昭さんの”三陸海岸大津波”が好評だそうな。氏の小説はみな読<br />
んだと思っていたが漏れていた。東京の書店で平積みの一冊を入手、<br />
うわさどおり素晴らしい。その最初の一行から最終行までの組み立て、<br />
乾いた文体。最近、日経新聞のコラムで、文芸春秋社が臨時・吉村昭<br />
特集号を出版したこと、さらに同誌の広告で生前の氏の講演会ＣＤが<br />
発売されていることを知った。両者、どうにか手に入れねば末代まで<br />
の恥。</p>

<p>敬愛する歴史小説家のみなさんは、おおかた死んでしもうた。寂しい<br />
かぎりである。ご存命であったら、こんにちの我々をとりまく経済状<br />
況、政治のことなど、どう考えどう表現されるであろうか、などと儚<br />
き事を思う。彼・彼女らは共通して、事実・史実の重要性を説き、そ<br />
こから逃避したくなる感情がどう危険につながるかということを、ペ<br />
ンでもって、静かに、そしてドライにあらわし続けてこられた。</p>

<p>現在イタリアで精力的に執筆活動されている塩野七生さんは、２００<br />
０年前のシーザーに語ってもらうことで、事実を直視することの有用<br />
さを執拗に説き続けてくれる。<br />
   libenter homines id quod volunt credunt. <br />
   人は自分の見たいものしか見ない</p>

<p>司馬遼太郎さんの作品群の中で、僕にとっての最傑作は'坂の上の雲'<br />
である。そのひとつ、１９０５年、日本海海戦で完璧な勝利という結<br />
果で一大仕事を終えた後に、上村艦長だったか佐藤参謀か忘れたが、<br />
どうしてこれほどまでに勝てたのかと問われると、半分は運であろう<br />
と仰る。では残りは、と問われると、それもまあ運であろうと。では<br />
全部が運ではないですかと問われるや、いや、最初のは純粋な運であ<br />
り、残りは自らが切り開いたところの運であると。</p>

<p>さて、日本海海戦で、さほどまでの完璧な勝負がついていなかったら<br />
どうであったかという愚問をひとつ。両艦隊は、おのおの敵の半分程<br />
のフネを撃沈し、敵艦隊の半分はウラジオストックにたどり着く、即<br />
ち最悪でも互角あたりであろうか。佐藤・秋山参謀は、残存日本聯合<br />
艦隊の総力を挙げてウラジオストック周辺を固めるべしとのPlan-B は、<br />
無論準備していたであろう。この時点で両海軍の極東におけるリソー<br />
スは五分五分。しかし、当時の日本外交力は、その史上最も輝いてい<br />
た。ウラジオ閉塞、ロシア危うし、陸戦はまあそこそこに宣伝し（苦<br />
笑）、更なる戦費を海外で調達、長距離砲をもつ巡洋艦などをどこぞ<br />
で買い付け、明石大佐に更なる金を委ね、欧州での後方攪乱を更に進<br />
めたことであろう。そして、史実よりはもう少々時間は掛かったやも<br />
しれぬが、米国大統領に国際的名誉の行司役をお願いし、結局はその<br />
国難を解決せしめたのではなかろうか。</p>

<p>完璧な戦略を立案した日本海軍だが、実際にいくさを始めてみると、<br />
触雷などの、多分に自らが作ってしまった事実・悪運を何度か味わう。<br />
彼らの強さは、事実をその判断基準の極上に置くことにあり、後年の<br />
昭和期軍隊とはまるで別国家の組織のようである。見たくない現実を、<br />
東郷司令長官自らが、その地位においては異常と思われるほど貪欲に<br />
欲し、直視し、アクセプトする。悪しきは直し、弱点の強化を続けた。<br />
短いながらも、この素心を持ち続けた運動の頂点に、日本海決戦の二<br />
日間がぽつんと置かれる。勝つわけである。この二日間、その戦略か<br />
らも予想しえないほど、各個の戦術が自軍に都合よく働いた。結果、<br />
そもそも自我自賛を良しとせぬ当時の軍人達に、”運”という表現を<br />
促すことになったのではないか。それはファクトの重みを知るものの<br />
みが使うべき表現であって、見たいものしか見ない者がむやみに使え<br />
るものではない。</p>

<p>この戦勝がもたらしたものは、残念ながら厳しいものとなった。政府<br />
広報や新聞社という、事実をもっとも直視すべき組織群が見たいもの<br />
しか見ないをことをはじめてしまい、そして国民は一時的痴呆状態と<br />
なる。明治憲法は、統帥権という、事実を直視する者を前提に置かれ<br />
た微妙なところが、その反対の目しか持てない参謀本部の都合のみに<br />
よる解釈に弄ばれ、大戦に突入せざるを得ない状況に達し、結果、一<br />
国の憲法自体が壊滅した。司馬さんが生涯、その馬鹿ばかしさから、<br />
氏の小説の対象からすっぽりと外してしまうような、失われた数十年<br />
となる。</p>

<p>事実を直視することの有用さどころではない。一国のまつりごとを左<br />
右する政治機能がこれを軽視すると、3.11の100倍以上の死者を作り<br />
上げる事態になるという、重い史実である。</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-08-27T21:31:15+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/08/initiation.html">
<title>Initiation</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/08/initiation.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="mama.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/teacher.gif"><br />
怒涛のテスト期間、採点、成績付けも終わり、無事に夏休み突入、、、。</p>

<p>と思っていたら、もう８月も半ばじゃないですか！</p>

<p>というわけで、普段出来ないことをやってみつつ、気持ちは既に９月に向かっております。</p>

<p>なぜなら、来年度（つまり９月からの新学年）は私にとって新たなチャレンジの年になるからです。</p>

<p>まず、私が新任として働いたときからずっと一緒の同僚Mが二度目の産休。それに伴い、ジョブシェアで一緒にやってきた学科主任の仕事が私一人の責任に。</p>

<p>そして、３年前から副教頭、そして歴史教諭として一緒に働いていた同僚Vがなんとケニアの学校へ副校長として移ることに。</p>

<p>つまり、歴史の専任教師が私一人に。でも、それでは歴史の授業をカバーしきれないので、一年契約で一人フルタイム採用が決まったものの彼女は教師一人目。</p>

<p>彼女はマーケティングの分野で１０年経験を積んでからの転職なので、社会人としてはもちろん先輩。色々な経験を経て教師になる人はこの国では多いのでこれ自体は不思議ではないのですが、ちょっと不思議な感覚です。</p>

<p>さらに、、、去年、いろいろなことがあって自分の教師としての価値が見失いそうになっていた私が、９月からはなんと７年生から上は１２年生まで、つまり全学年教えることになり、授業数も増えます。１０年生１１年生はGCSE、１２年生はA-levelといって全部受験のためのクラスですから責任は重大です。</p>

<p>まぁ、去年はsabbatical (安息期間)に近かったんですけど。おかげで９年生の教材作りに時間を割けて良かったのですが、教えることそのもののチャレンジは少なかったので、９月からはそれから１８０度変わります。歴史好きがたくさん試験クラスに入ってくれたようなので試験対策はもちろんしなければですが、その子たちの純粋な興味を押しつぶさないような授業をしたいものです。</p>

<p>極めつけはたぶん春学期にやってくるOfsted（政府の学校監査）。３年前の学校の異様な雰囲気を思い出します。今回はそうでないといいのですが。今週・来週と発表されるGCSE＆A-levelの試験結果によってずいぶんとプレッシャーも変わるので今からドキドキです。</p>

<p>こういうわけでして、今月は羽を伸ばしつつも９月からの長期計画を練っています。新任の先生にもわかりやすく指示を出す必要があるので、マニュアル作りのようなもの。</p>

<p>そして、毎年恒例（？）の私のオリジナル手帳作り。手帳といっても、要は自分の時間割表と簡単な授業計画表、行事予定表を合体させたものです。受け持つクラスが多いとどのクラスがどの範囲まで進んだのか、宿題は何が出されていつ提出期限なのかなど、かなり混乱します。それプラス授業以外の予定を書き留められるようにしたもので、これを印刷してリングバインダーに挿入して使っています。</p>

<p>普通、Teacher’s plannerは学校が既製のものを用意してくれるのですが、２年目くらいから同僚からヒントを得て自分で作るようになりました。学期が始まると手放せない私の相棒です。今はスマートフォンもあるし、自分のネットブックに記録すればいいんですけど、どうも予定表だけは紙媒体じゃないと落ち着かなくて。</p>

<p>そして、何よりもこれを用意することがいつの間にか私の新学年開始前の通過儀礼になっていたのです。これをやらないと自分の中で新学年がスタートしない。</p>

<p>一枚の紙に自分の受け持ちクラスを自分で打ち出すと、色々見えてくるのです。自分が受け持つクラスが一週間の中で何曜日なのか何時間目なのか、そしてどの学年なのかによって授業のダイナミズムも変わります。不思議と事務の人がコピーしてくれる時間割表とは似て非なるものになります。</p>

<p>さっそく仕上げた来年度の時間割表。うちは二週間で一巡りするTwo-week timetableといわれる時間割なのですが、９月からは両方の週の金曜日５，６時間目が９年生の授業を担当することに。</p>

<p>９年生は一番難しいといわれる学年なのでこれは、正直かなりの貧乏くじであります（汗）</p>

<p>、、、金曜日までにエネルギーを消耗しすぎないようにテンション上げて頑張らないと。</p>

<p>生き残りをかけた戦いが始まる、、、？！</p>]]></description>
<dc:subject>スクール・ティーチャー</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-08-16T16:32:04+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/07/post_559.html">
<title>ローマの休日　その１</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/07/post_559.html</link>
<description><![CDATA[<p><img src="http://www.lib.uk.net/blog/londonblog/career2.gif" alt="career2.gif" width="41" height="50" /><br />
ローマに行ってきた。　２度目だが、前回はうんと昔で、確かシーザーの治世だった（嘘）。</p>

<p>インターネット専用の安エアラインで、何ヶ月も前に予約すれば、さらにお得。　「春、夏の予約すれば、この値段！」　という広告につられた友人のお誘いである。　二人でロンドン、ローマの往復で保険込み、１２３ポンドとは驚きだが、行きは朝４時起き、帰りは真夜中着のフライトという、へビィな日程だ。</p>

<p>ホテルもインターネットで、　「ミステリーホテル」　を半額でしとめた。　これは空室つぶしのための予約方法で、正規の宿泊料で客が集まりにくい時期のディールで、予約して初めてホテル名と住所が知らされるというギャンブル性の高いものだ。　だいたいが４スターか、５スターだが、中心地から離れていることが多い。</p>

<p>ホテル名はわからないものの、大体の位置とホテルの設備紹介から、そのあたりにある４スターホテルを選び出し、ホテルの目星をつける。　送迎バスありなら、たぶんこのホテル、プールつきなら、きっとこのホテルといった具合だ。　予約が成立して知らされたホテルは推測した通りだった。バチカンに近い４スターホテルが一泊あたり朝食付きで６４ポンドと激安。</p>

<p>プールつきホテルなので、　「これを機会にビキニボディを目指しますか？」　と無謀な計画を立てた。　友人はなんと７ｋｇの減量に成功。しかも、甘いものと炭酸飲料を止め、スポーツジムに通うという立派なダイエットだ。　私のほうは、今週はサラダだけ、で、意志弱く次の週はカツカレーを食べ、その次の週は心を入れ替えてサラダだけ、で、その次の週はついフレンチを食べに行き、デザートまで平らげ・・・と週替わりで、　「ダイエット」　「リバウンド」　を繰り返し、やっと２ｋｇの減量だ。</p>

<p>ホテルに着くとプールは写真で見たとおり・・・の形だが、サイズは３分の１。どこをどうやったら、３倍もの大きさのプールに写るのか？　カメラマンの手腕に感心する。　</p>

<p>ビキニボディというよりはポテポテのルネッサンス・ボディ（あちこちの教会や美術館の絵画にある裸の女のたいへんに　「女らしい」　体型）　レベルにしか到達できず、サンベッドからプールに入るまでの数メートルは、爪先立ちし、息を吸い込んで止め、お腹を凹まして歩くという技を取ることにした。　が、周りを見渡すとトド体型のおばちゃま方が体内脂肪を太陽で溶かさんばかりに日光浴している。　気にすることはないか・・・。</p>

<p>７月のローマは暑い。　何を着ていくかで大いに悩んだ。　薄着が基本だが、教会に入るには肩のむき出しやミニスカートは禁止。　白いコットンのワンピースなどは最高だが、下着が透けて見えるのが難点。透けないようにするにはペチコートを履く必要があり、逆に暑くなるし・・・。　と、街を見渡せば白ワンピースで闊歩する観光客でいっぱい。　当然、ブラもパンツも影絵のようにきっちり透けて見えている。　（ああ、着てこなくて良かった）　と思うと同時に、どう見ても、気にしている風でもない大らかな態度に　（別に見えてもいいのかも・・・）と気にしすぎる自分がバカのようでもあった。</p>

<p>服装はタンクトップで教会入館用にカーディガンを持ち歩いた。　さんざん、日焼け止めクリームを塗ったものの、ローマの太陽は強く、肩はタンクトップ（数種類）の紐、ショルダーバックのストラップの位置だけが白く残ったシマウマ状態となってしまった。　まるで胸元から光があふれ出ているようであり、宗教的である　（わけないか）。</p>

<p>友人はカソリックなのでバチカン市国へ。　長時間並ばなくてもいいようにオンライン予約していった。　と、バチカンに一歩足を踏み入れた瞬間、怒号のような音とともにどしゃぶりとなった。　おまけに稲光はピカピカ、雷も鳴り響く。　（あらら、傘を持ってきてないし、予約の時間に遅れたらどうしよう？）と思っている私の横で、友人は　「カソリックとしてきちんとした生活をしていないことに神の怒りが・・・」　などと言っている。　あのね、信仰心の弱い信者が来るたびに雷雨を起こしているはずはないって。</p>

<p>今回の旅では新しい試みをした。　Ｒｉｃｋ　Ｓｔｅｖｅｎｓ　というガイドブックを出しているアメリカ人のオーディオガイドをＩｐｏｄに入れてきたのだ。　コロシアム、ローマンフォーラム、パンセノン、そして、もちろんバチカン市国。　日本人の常として、「あー、これが有名なシスティーナですか。りっぱですね」　と５分で通り過ぎることができなかった。　なんせ、それぞれ２０－３０分もあるオーディオガイド。　（しかも、２回繰り返して聞いた。・・・聞く羽目となった。カソリックの友人のために）　が、これがなかなかおもしろかった。天井絵は天地の創造、アダムの誕生、ノアの箱舟に、と有名なシーンが続いている。　で、イブの誕生だ。　アダムの肋骨から生まれたというあれだが、本当にイブはアダムの背中からにゅっと出てきているのだ。キノコみたいに。アダム、痛かった？　</p>

<p>祭壇の後ろの壁画は　「最後の審判」。　キリスト教徒にとっては重要なシーンだ。　エセ宗教家もこのネタはよく使う。　要するに信じる者は救われ、信じない者は地獄に落ちると脅して、エセ宗教家はお布施を集める。　で、世界の最後の日を予言するのだが、予言した日に世界は終わらず、苦し紛れに半年ずつ延期したりする。　</p>

<p>キリストは十字架にかけられ、やせ細りぐったりした姿がなじみだが、天国での栄養がよかったのか、この壁画では隆々とした筋肉の持ち主になっている。腕のこぶなんか、ポパイなみだ。　キリストの後ろで聖母マリアはオロオロしている様子。　「坊や、そこまでする必要あるの・・・？」と言いたげ。　右側は地獄に落ちる人の群れ、左は天国に引き上げられる善人たち。　</p>

<p>ここではミケランジェロ自身も　「さて、そういう自分はどちらへ？」と皮だけの姿になってベロリと垂れ下がっている。　が、おかしいのは彼の作品に批判的だった人が右側の一番下、つまり地獄側で蛇に巻きつかれた状態で描かれている。　当時は彼のおＸＸＸＸも極端に小さく描かれていたそうだが、それは後にぼかされたらしい。　芸術家を非難するのはやめましょうね。　何世紀にも渡って恥をかかされることになるもんね。</p>

<p>続く</p>]]></description>
<dc:subject>キャリアウーマン</dc:subject>
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<dc:date>2011-07-11T13:26:07+00:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/06/post_558.html">
<title>来る～きっと来る～～～～～。</title>
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<description><![CDATA[<p><img alt="mama.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/teacher.gif"><br />
訳の分からないタイトルですが、一応「リング」の主題歌の感じで。 </p>

<p>いや、何が来るって。 </p>

<p>身震いしそうになるほどの怒涛の一年が 。</p>

<p>実はご無沙汰している間に色々ありました。</p>

<p>学校には１月から新校長が就任。去年は色々あったものの、割と落ち着いた一年だったのですが、、、。</p>

<p>今学期は同僚Mの産休入りにともなって、約一年ぶりにGCSEの受験クラス（１０年生）担当に。 </p>

<p>ここまでは良かったんですけれど。 </p>

<p>かなり恐れていた事態が発生。 </p>

<p>もう一人の歴史教員Vがなんとケニアの学校に移ることになり、それは彼女にとって喜ばしいことですが、私にとってはちょっと困ったことに。 </p>

<p>同僚V＋同僚M＋私＝歴史科 </p>

<p>だったのが、 </p>

<p>歴史科－（同僚V＋同僚M）＋新任C に。 </p>

<p>ありゃ、わかりにくいですかね？ </p>

<p>つまり、ベテラン教員２人が去った後（同僚Mは一年後に復帰）は学科主任の私とこの間採用した新任教師のCのみに。 </p>

<p>一人足りなくない？ </p>

<p>はい、足りないんです。 </p>

<p>でも、不況の中、学校はお金が無さ過ぎて、もう一人歴史の専任教師を雇ってくれないのです。 </p>

<p>そこに追い討ちをかけるように、人数足りないから開講しないと思っていたA-level（１６－１８歳のコース）がどうやら１０人集まりそうなので開講する可能性が濃厚に。 </p>

<p>A-levelが開講されるうちの学校の6th form college（中高と大学の中間に位置する教育機関）はこれまた貧乏で、生徒が他の学校に流れちゃうとそれだけ自治体からもらえる予算が減ってしまう。だから、どんなに歴史学科内の人手不足が分かっていても、無理やり開講してしまうのです。 </p>

<p>ちなみに希望者が５人とかですと人件費と割に合わないので逆に開講してもらえません。今年A-level教えてた同僚Mと同僚Vは２人ともいなくなるので、同僚Mと私は来年に限っては開講されないほうが我われにはいいのでは、、、と話ていたところでした。</p>

<p>それが、見事開講されてしまう兆し。</p>

<p>で、誰が教えるのか。 </p>

<p>、、、はい、私です 。</p>

<p>新任で一年契約の新同僚CにいきなりA-levelまかせるのはリスクがあるから、A-level教えたことある私にまかすという上の判断。 </p>

<p>でも、、、A-levelは2年教えてません。しかも、その間にカリキュラム改編あり。 </p>

<p>そういうわけで、ここ数年、受験クラスへのプレッシャーが益々半端無いことになっているのに、私は2年ぶりにA-levelを教えることになりました。 </p>

<p>一人で全コマ教えるから、一週間に300分。ぐはっ。 （衝撃波を受けた私の反応）</p>

<p>で、GCSEの受験クラスも１０年生１１年生と一学年一クラスづつあるから、プラス週300分 。</p>

<p>つまり、週600分、受験クラス担当。 </p>

<p>ゼロから600って、、、。 </p>

<p>今年一年、低学年ばかり教えていて、ノートとテスト添削以外では割とのんびりしていた私。</p>

<p>9月からはもうすごいことになりそうです。 </p>

<p>ところで、誰が低学年教えるのか？ちなみに私は教えていい規定の授業時間をオーバーするため教えられません。 </p>

<p>直属の上司である学部主任Oはあっさり、 </p>

<p>「地理や宗教の先生たちに振り分けるしかないね」 </p>

<p>、、、今に始まったことじゃないないですけれど、Non-specialistの教員の皆さんの足並みを揃えるの大変なのです。学科のミーティングもしようにもみんなそれぞれの教科で忙しくて集めるにも大変なんです。</p>

<p>私も今年は地理と宗教を7年生に教えましたが、やっぱり専門教科外教えるのは難しいことがありますし、我われにとっても生徒にとっても理想ではありません。 </p>

<p>こんな状態のところに、来春にはどうやら魔のOfsted（国の教育水準監査院）からの審査官がやってくるらしい。 </p>

<p>オーノー！ </p>

<p>生き残れるのか、自分、、、？！ </p>

<p>勢いで波に乗ってやる！</p>

<p>と意気込んでいますが、、、</p>

<p>、、、勢いで波に飲み込まれないように気をつけます。<br />
</p>]]></description>
<dc:subject>スクール・ティーチャー</dc:subject>
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<dc:date>2011-06-27T15:27:33+00:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/06/post_557.html">
<title>ロンドンから日本を考える。</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/06/post_557.html</link>
<description><![CDATA[<p><img src="http://www.lib.uk.net/blog/londonblog/darling.gif" alt="darling.gif" width="67" height="50" /><br />
すっかりブログを更新していませんで、大変、大変申し訳ないです。（ぺこり、、、）<br />
６月末日本に一時帰国します。そのときにoff会をしますので、以下にご興味のある方会いませんか？ダーリンも一緒です。</p>

<p>海外に住んでいる日本人は、日本を脱出？捨てている？なんて思う人もいるでしょうね〜。<br />
でも、実際にはこちらにいるともっと自分が日本人だ！という意識が芽生えます。以前も書きましたが、こちらでは、東洋人＝中国人と思い、私を見ると「ニハオー！」と声をかけてきます。でも、私は答えない。中国人が嫌いとかではなく、私は日本人だから。<br />
そして、私は日本人だけど、、、と言う。このアイデンティティーを主張する自分に驚いたものです。</p>

<p>最近は、大震災もあり、こちらでも日本を応援する。励ます。考える。などの会があちらこちらであります。その１つ、日本の今後について考える。に参加してきました。みんな日本への思いは熱く、意見も沢山あり有意義な時間を過ごしました。</p>

<p>このブログは、英国生活の一端を皆様にご紹介できればと思い、ダーリンの家族が日本語が読めないのをいいことに、書きたい放題書いてきました。<br />
今私は、この延長線にいるようです。</p>

<p>私の甥っ子に渡航費を払うからロンドンにくれば？と誘っても英語が話せないから来たくない！と、こんなおいしい話にも乗ってこない現象に「なんで？えええ？？」と思うのと、同様にある一部の若者や会社員の方が、海外に興味がない！とう方々が多いというのは、残念な話です。<br />
しかし、考えてみたら、私の甥っ子は、父親が忙しいのでしょう、家族旅行がほとんどありません。だからいきなりロンドンでは、彼も勇気がいったことでしょう。日本の休暇消化率が５０％程度低く、みんなが忙しい生活をすることで、失っているものもあると思います。いきなり飛躍しますが、閉塞感、自分、他人を追い込むなど、ちょっと一休みしてもいいのでは？と昔の自分を思い出しています。</p>

<p>私が英国に来た理由は、３０歳過ぎて独身でいることや、みんなと同じ考え、行動でないと世間が騒がしいので居心地がよくないことがきっかけでした。じゃあ日本と他の国は同じなの？何か違うの？からでした。しかし、仕事をしていたし、辞めて戻って来たときに同じような仕事が得られるかしら？、持っている車は？などなど、そう簡単には決断できませんでした。しかし、先輩の一言、「あなたには、幸い旦那も子供もない。自由があるじゃない。」という背中を押してくれた言葉で決めました。そうだ、１年だけ英国を見てみよう。暮らして見よう。のつもりが、ダーリンと知り合い、まだここにいます。今の私は自分の居場所を見つけたようで居心地がいいです。</p>

<p>日本が失ってしまった、人と人との在り方、居心地のよさが、英国にはまだあり、そのよさを伝えたいと思っています。なかなか仕事を辞めてくることはできません。だから、いろいろ模索しています。<br />
こんな思いに共感できる方、また何か一緒にしてもいいなーと思う方は、6月２９日渋谷で会いませんか？詳しくは、http://twtvite.com/ukjpdiscuss</p>]]></description>
<dc:subject>ダーリンは英国人</dc:subject>
<dc:creator>lib</dc:creator>
<dc:date>2011-06-16T21:48:27+00:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/06/cheap_hotels_in.html">
<title>Cheap Hotels in Tokyo</title>
<link>http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/archives/2011/06/cheap_hotels_in.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="shacho.gif" src="http://WWW.lib.uk.net/blog/londonblog/shacho.gif" width="47" height="53" /></p>

<p>もっと高級なホテルに泊まらないのが悪いということであろうが、貧乏<br />
会社の出張に一泊何万円も払えるはずもなし。１万円程度の東京のホテ<br />
ルはチェックインの相場が午後３時。２時間前に行っても、荷物を預か<br />
ってくれるだけで、預かるのに３００円だったか取るところもある。僕<br />
の東京行フライトは、午前９時とか１０時に成田に着いちゃうから、で<br />
きれば昼前後に都内でチェックインしてスーツケースを整理し、シャワー<br />
でも浴びてすっきりし、いざオフィスへ、としたいところだけれど、こ<br />
れが許されない。欧州でも他のアジアの安ホテルでも、あまり経験しな<br />
いことである。ことさらサービス品質世界一の日本では、なんとかなら<br />
なぬものかなあと思う。さほどにコストのかかるサービスでも無いよう<br />
に思うのだが。</p>

<p>荷物預かりに３００円取った安ホテルでは、部屋にはトイレだけがあり、<br />
入浴・シャワーは地下の大浴場で、という設備であった。場所が良く、<br />
外国人客が結構宿泊していたことがあった。大浴場から上がろうとする<br />
と、下着をつけたまま入ってきた人がおり、おもわず脱衣所まで戻って<br />
もらい、この難解であるかもしれない日本式を説明し、納得してもらっ<br />
た。聞けば大学教授で、日本での学会に来ているとのことだった。なん<br />
だか大変気の毒に思った。</p>

<p>東京にある当社の本社が新富町に移転し、先週の出張で初めて訪れた。<br />
この界隈は面白い。人通りがまばらで意外であるが、銀座のすぐ隣に位<br />
置する街であり、ぽつぽつと和服を着た女の人が歩いている。東京駅に<br />
行くのがちょいと不便だが、有楽町線、日比谷線に乗れる。少々歩くが<br />
蕎麦屋も見つけた。なかなか気に入っている。オフィスのすぐそばには<br />
ホテルがあり便利だ。こちらも例にもれずチェックインは３時。３時３<br />
分にチェックインし、喫煙室を頼んでドアを開けたら、ひゃあ、ものす<br />
ごいヤニの匂であった。このヘビースモーカーが後ずさる程の匂いであ<br />
る。空調が古いのであろうか、次回は別のホテルを探してみよう。無論、<br />
禁煙してそれなりの部屋を取ればベストであることはわかっているのだ<br />
が。</p>

<p>英国に戻ってその週末に、１年ぶりでテニスした。呼吸がきちんとでき<br />
ず足がもつれるであろうことはすでに分かっていたが、噴出す汗が妙に<br />
ヤニ臭いのには驚いた。さてさて、５０回目の誕生日も目前、なにか決<br />
心すべしや。</p>]]></description>
<dc:subject>起業家兼企業家（旧社長５年生）</dc:subject>
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<dc:date>2011-06-07T16:11:09+00:00</dc:date>
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