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May 11, 2006
ニューマーケットで金縛り
競馬が終わると馬の競売を見学した。競馬場のすぐそばである。
馬が連れてこられてグルグルと歩くのを見下ろすような階段席になっている丸い建物だ。
ハンマーを持ったダミ声のおじさんが堂上で競りを仕切り、客席に立った係が会場を見回して買い手をチェックして、交通整理のような動作で、どんどん、競り値を吊り上げていく。
電光掲示板にはギニー、ドルや日本円、ユーロでの競り値が同時に表示される仕組みだ。
競りの参加者用の特別な一角がある。
携帯電話を耳に当てた鋭い目つきの人たちはエージェント (馬の仲買人) らしい。 数千万、時には数十億円にもなるという馬の売買の指示を電話一本で受けるのだから、すごいなあ。
ちょっと聞き間違ってしまったら、どうするんだろう、と他人事ながら心配になる。
「その馬は500万ドルならば、買・・・(う必要はない、の部分が電波が悪くて聞こえない)」
「もしもし? もーし、もし? じゃ、500万ドル・・・(で買いますよ、の部分に雑音が入る)・・・いいですね?」
「じゃ、頼んだぞ」
「承知しました」
なんてことはないだろうか?
その人たちをじっと観察していても、何をもって合図しているのかわからないくらいに動きが少ない。 ちょっとうなずいたり、わずかに指を上げたりしているのか?
それでも、きちんと伝わっているらしく、日本円の数値を見ていても100万円単位で競り値が上がっている。
そのうち、一般席に座っている人も競りに参加していることがわかってきた。
「はい、階段席のマダムにXXギニー」
え? ・・・私じゃ、ないよね?
途端に不安になる。
髪に手をやったり、鼻の頭をこすったりして、知らないうちに 「買いの意思表示」 をしてしまったらどうしよう?
たとえば、服のほこりを何気なくパンパンと払う。
で、会場を出ると、
「マダム、先程、1億5000万円でお買い求めになった馬です」
なんて艶やかな毛並みの黒馬が待っていたりして・・・・。
困るだろうな。 どこで飼おう? 庭か?
一瞬、馬が自宅の庭で草をはむという牧歌的な図が頭に浮かんだ。
しかし、馬のほうが家より何倍も高い。馬のたてがみの部分が玄関口の一坪分と同じ価値というのは、やっぱりバランスが悪い。
1億5000万円も財布に入ってないし。 払うまでは家に帰してもらえないのだろうか?
そう思うと動けなくなった。金縛り状態である。
立会人と目が合わないようにする。 痒いところがあっても、くしゃみが出そうになっても、首の向きを変えるのもじっと我慢。 石像のようにカチンカチンに固まってしまった。
案内人のおじさんが不思議そうな顔で見る。
「どうかした?」
「いいえ、何でもありません」 とまっすぐ前を向いたまま、唇を動かさずに答える私。
そのせいで、ひとつの競りが終わり、次の馬が連れてこられるまでの間に、髪の毛をかきむしったり、ゲホゲホと無理やり咳こんだ。
これはクラシックコンサートの演奏中に音を立てないように気を使い、交響曲の楽章と楽章の間で 「まとめて」 咳をしたりするのに似ている。
自分に厳格な金縛りを律したおかげで、無事、馬を購入せずに帰宅することができた、やれやれ。
投稿者 lib : May 11, 2006 11:16 AM