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January 27, 2010
義理ママとの日本旅行 その2

英国人と結婚して、その配偶者とともに日本に一緒に帰ると大変だ。疲れる。という話は聞いていた。
なんせ相手は、日本語ができない。1人で行動しようという気持ちが少ない。だってプライベートの無料通訳者(日本人の配偶者)がいるだから、それに頼るのが一番ということだろう。
まさに今回のママも同様だ。日本のガイドブックさえ購入していない。さらにダーリンがママのそんな行動を見越して、ガイドブックを購入し、空港で渡したにもかかわらず、ママは、飛行機でもパラッと見ただけで、機内の数読ゲームを楽しんでいた。
私が「日本でどこに行きたいの?」と聞くと、「どこに行くべき?」と答える始末。依存度200%だ。
さて、我々は夕飯を食べ終え、部屋に戻り、あれこれ荷物の整理をしていたら、眠気がしてきた。時計をみると11時だ。よし、寝てもいい時間だということで、2人もベッドに入った。
その2時間度、1時頃、ちょっと部屋が寒くなってきて目が覚めた。狭い部屋で暖房が効きすぎていたので、寝る前に窓を少し開けていた。その窓を閉めようと起き上がり、ガチャガチャと音を立ててしまった。ママが「うーん。何?」と目を覚ました。窓を閉めたかったことを伝えると「ああ、そうなの。」と言ってすぐに寝息を立て始めたママ。「ホッ!」よかった。また寝たみたい。しかし、私は眠れない。
羊が1匹、羊が2匹、 羊が3匹 、羊が4匹 、、、 と数えてみた。
3時。まだ眠れない。おかしいなー。機内では寝ていないし、疲れているはず。
よーし、またやって見るか。 羊が1匹、羊が2匹 、、、、。なんで効かないのかな?そうだ。これはSheepの発音が、Sleepの発音が近いため、自己催眠効果があるんだったけ。そうか、英語で唱えないと効果なし。日本語で言っている私には、何の催眠効果もない訳だ。なんて考えている私は、目が冴えている証拠。やれやれ。
私は、いつもベッドに入ると30秒で寝付いてしまうタイプ。だから、こんな場合の対処方法がわからない。
5時。まだ眠れない。その後、ウトウトしたが、結局7時には起きてしまった。それはママが起き始めたからだ。
ママは、シャワーを浴び、ドライヤーで頭を乾かし、着替え、香水を付けた。シュッツ、シュッツ。
(きゃーー、こんな狭い部屋でそんなに香水を付けられたのではたまらない、、、、)と咳き込む訳にもいかないので、手早く窓を開けた。危うく窒息しそうだった。ふっー。
香水というのは、難しい。自分が好きな香りでもその香りを嫌いな人もいる。ママの香水の香り。ちょっと苦手かな?
この日、私は歯科医院に予約している。 なんとそこは銀座の近くにある。ママは何のプランもないから、私の治療中は街をブラブラして待っているという。ということで、銀座の三越に連れて行き、この辺りにいろいろデパートがあるから見学して。と説明し、2時間後にライオンがいるこの入り口で再会することにした。「あっ。」とママ。トイレを教えて。というので、デパートのトイレを教えた。
しかし、本当にママ一人で大丈夫だろうか?と不安はある。もし、迷子になったら、我々は、連絡が取れない。実は、ママ、携帯を持って来たけど、リサーチ不足で彼女の携帯は日本で使えない。というのが、日本に来てわかった。 大英帝国の物は何でも、何処でも使えると思っている大物のママ。本人は何も怖がっていないので、このまま私は歯の治療に行った。(つづく)
January 20, 2010
暴行事件
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友人の息子、N君 (15歳)が裁判に出廷したそうである。
といっても、被告や原告ではなくて、証人だったとのこと。
去年のことだ。 夕方7時ごろ、N君は道でクラスメイト A君とバッタリ出くわした。 何となく世間話をしていたところ、同年代のティーンエイジャーが数人フラフラとやってきて、そのひとりが A君のiPodをひったくろうとした。 当然、A君は自分のiPodを守ろうと引っぱる。
と、突然、A君は殴られて道に倒れた。 友人の息子N君も顔にパンチを受ける。 道路に横たわったA君は足蹴にされ、意識を失う。 N君や一緒にいた数人も鼻血を流して、大パニック、という事件があったのだ。
すぐに警察、救急車がやってきた。 N君達はともかく、A君は意識不明。 一時は危篤状態で、警察では 「殺人未遂」 から 「殺人事件」 に切り替えるところだったらしい。
病人に駆けつけた友人は、顔がはれ上がって倍の大きさ (笑ってはいけないが、つい、想像した)になった、わが息子の姿に絶句。 一方、A君は危篤状態で 「今晩が山場」との情報に親は真っ青だったという。
A君は数日で危篤状態からは脱出。 数ヶ月間に何度かの手術を受け、入院と通院を繰り返し、1年近く、休学だったようだ。
さて、その犯人だが、ひったくったオイスターカード(プリペイドの定期券)を使って帰宅したために、オイスターカードの記録とバスのCCTV(防犯カメラ)から、あっさり足がついた。 地元では警察によく知られた顔ぶれだったらしい。 N君とA君が住むエリアは高級住宅街だが、犯人達はバスで20分ばかりのラフなエリアからやってきて、あちこちの店で騒ぎを起こし、すでに警察に連絡が行っていたところ、この暴行事件が起こったらしい。
20人ばかりのグループで街を徘徊していたが、実際にこの暴行事件に関係したのは3人。後日、警察は主犯の家からA君のiPodを発見。 おまけに血のついたシャツが近くに脱ぎ捨ててあって、そこから、A君と主犯のDNAが出た。 犯人は妹や友人にも 「人を殺したかもしれない」とわざわざテキストを送っていて、その記録も残っていた。 裁判では 「その場にいなかった」と言ったそうだが。
事件後の経過は・・・信じられないほど時間がかかっている。 事件は去年の4月。 N君が警察に呼ばれて、証言をビデオ収録したのが、7月。 11月頃にもう一度調査があり、裁判が今年の1月・・・って9ヵ月後じゃん。 事件の詳細を忘れないか? 犯人グループは全員が黒人だったそうだが、もし、私だったら、パニック状態でほんの数分見ただけの黒人ティーンエイジャーの顔を9ヵ月後に覚えているかというと・・・自信ないな。
保護者として友人も Old Baileyに付添った。 最初の日は事務手続きに費やされ、証言の機会はなし。 翌日に行ったときは証人のひとりが裁判所の証言台に立つのをいやがり、別室でビデオ撮影での証言となったのだが・・・ビデオの接続がうまくいかず、裁判官が 「私の10歳の息子だって、ビデオぐらい、つなぐことはできるぞ!」と裁判所のスタッフを怒鳴りつけるという一幕もあったらしい。 で、この日も証言の機会はなかった。
3日目、ついに証言台に立った (未成年なので衝立で囲まれ、姿を隠されたそうだが)N君は犯人の弁護士の 「事件からずいぶん時間が経っているが きちんと覚えているのか?」との質問にもしっかりと答えたそうだ。 (記憶力の悪い私でなくてよかった。私を事件に巻き込まないで下さい。 証人として役に立ちません)
N君は 「疲れちゃった。 でも、裁判の間、学校に行かなくてもよかったので、ラッキー」と言っていた。 「証言台では、ちょっとドキドキした」そうである。
警察からのアドバイスは、 犯人の仲間からの報復を避けるため、Face Book の個人情報を消せ、というもの。 それで、Face Book は残したものの、生年月日や住所を変更したという。
私がここから学んだ教訓は、 「殴られても、道に倒れるな」 だ。 横になると内臓を蹴られたり、頭を踏みつけられたりして、命に関わるそうである。
うー、恐ろしい。 ヤバそうな連中がこっちに向かってきたら、絡まれる前に逃げることですな。
義理ママとの日本旅行 その1

今回の日本旅行に 義理ママが同行した。義理ママが、クリスマス休暇を一人で過ごすとことになったので、ちょっと可愛そうになり何気に我々と一緒に日本に行く?そして、ダーリンの弟一家がいる香港にも立ち寄る?なんて聞いたら、即座に行く!と答えたママ。
昨年10月より香港に駐在している息子一家。ママの孫は、ここにしかいない。それなのに嫁とは仲が悪い。今迄なら、一人でも孫に会いに行っただろうけど、2年前に息子の家に訪れた際、嫁の悪態に懲りて行くのをためらっていた。しかし、我々と一緒なら、鬼に金棒?ということだろう。
私は用事があったのでダーリンより先に日本に行く。ママに聞いたら、私と先に日本に行きたいと言う。といことで、ママと私 とで1週間も過ごす事になった。
ヒースローで待ち合わせすると、もちろん先に待っていたママ。某日系の飛行機会社で帰路したのだが、英国のサービスとは違い、丁寧なサービスに感心していた。よしよし、日本のよさに気がついたな。出だし好調だ。
最近は機内で映画が自由に見られるのが原因なのか、どうも一睡もできずに日本に着く場合が多い。日本についてからも、時差ボケにならないようにと、眠くても夜迄寝ないように我慢が大変だ。今回も1時間も寝ていない。疲れた~。
成田に着き、予約していたホテルに到着したのは、7時頃だった。
外見はいいホテルだが、室内は狭い。最近の日本のホテルは、ベッドの広さを売りにしているのだが、部屋の大きさが変わらないので、その分部屋が狭く見える。我々の部屋は、人がやっと1人だけ通れるスペースがあるだけて、あとはベッドが占領している感じだ。
即座にママの一言。「まあ、狭いわね。これでは、◯◯××◯◯××◯◯××◯◯××」と文句がでた。
私が予約した。シングルルームよりもツインのほうが、安いので決めたが、後悔が走った。
それに寝ていないので疲れている。「そう、じゃあ、お金はかかるけど、もっと大きな部屋に変える?」とちょっとつっけんどんに聞くと、ママは、このままで大丈夫よ。申し訳なさそうに答えた。
さあ、夕食に出かけないと、外出した。ここの街はまったく始めてなので、さっぱりわからない。それにママが食べられる物にも制約が付く。うーん、何にしようかな?とぶらついているとそば屋を見つけた。よし、日本食第一弾は蕎麦にしようとここに決めた。
店内に入ってメニューを見せるが、もちろん全て日本語。まずは、英語で説明だ。そう、これからすべて私が、自分の事以外にもママの世話をする。それが、こんなにも大変なのかと気づく旅が始ったのだ。(つづく)
January 11, 2010
大雪で大騒ぎ
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イギリスに大寒波がやってきた。
激しく降り続ける雪が見る間にうず高く積もっていく。 電車は止まり、高速道路は混乱というのはいつもの冬の光景である・・・スコットランドあたりでは。
なんでロンドンまで、こんなことに。
「週の半ばから寒くなるんだって」
「へえ、そうなの」
と、お気楽な会話をしていたところ、ある朝、目覚めると、雪のせいで交通網がめちゃくちゃになっていた。 BBCの朝のニュースではお天気お姉さんが、北イギリスではなく、ロンドン郊外の雪模様を話している。カーテンを開ければ窓の外には確かに積雪が。 ゲゲ、電車はどうなる?
1. とりあえず早めに家を出て、駅に向かう。
2. 電車情報を確認してから、家を出る。
3. 良い機会なので、これを理由に会社を休み、できればセールに出かけて服を買う。
上記 3つの選択がある。 選択肢 3番 は特に魅力的ではあるが、とりあえず、ぐっと堪えて 2番 にすべく、出勤の用意をしながら、情報確認をすることにした。 というのも、以前、大雪が降ったとき、路面のものすごいコンディションに必死の形相で、なんとか駅までたどり着いたところ、全部の電車がキャンセルとなっていることを発見したことがあるからだ。
線路は美しくも深い雪で覆われ、ひと筋の乱れもない白雪の様子で、前夜から電車は通っていないことは明白。 珍しい風景に携帯で写真を撮っている通勤客がたくさんいたが、私は腰から下の力が抜ける空しさに、その場で泣き崩れそうになったくらいだ。 本来10分もかからない駅から家までが、シベリアの大平原のように感じられた。
今回はあんなミスはしない。 電車が動いていることを確認してから駅に向かうんだ。確実なのは電車情報のオペレーターである。しかし、こんな日には大量の問い合わせがあり、繋がりにくいだろう。 ホームページもあるが、これは曲者。 「時間通り」なんて表示されていても、 「時間(は、その場の状況次第の)通り」だったりして、 「別にタイムテーブルの時間通りって言ってないじゃん」だったりする。
そこで間を取って、電話での録音情報にかけてみる。 これは音声で反応してくれるもので、ホームページよりは情報が新しい気がするからだ (気がするだけだが)
「どこの駅から出発ですか?」 「いつの日ですか?」 「行き先はどこですか?」 といった質問に答えると、 「ビクトリア駅ですね」 とか 「今日の9時ですね」と確認がある。 もちろん、全部録音された声だ。
時々音声の認識がうまくいかず、
「パディントン駅」
「エディンバラ駅ですね。 正しいと Yes 違うと Noと言ってください」
「No」
「どこの駅ですか?」
「パディントン駅」
「マンチェスター駅ですね。 正しいと Yes 違うと Noと言ってください」
という会話が延々と続き、機械を相手に真剣に話しかけ、腹を立てる自分の人生って、いったい・・・と、生きていく自信を失いそうになってくる。
この日は何度電話しても、 「テクニカルエラー」か 「次の電車」を聞いているのに 「翌日の朝一番の電車」を答えるために、結局あきらめてしまった。 ごく一部の電車は動いていたようだが、 「どうしても重要な用事がない場合にはなるべく外出を控えてください」とのテレビでの呼びかけに、「出勤」が 「重要な用事」であるかどうかという大きな疑問にぶち当たった。 だが、そこで 「出勤」の後には 「帰宅」がセットでやってくる事実を重視。 この日は 「自宅待機」とした。
飛行機はキャンセルされるわ、ユーロスターは止まるわ、動かなくなった車は道路わきに乗り捨てられるわ、と大騒ぎである。
といっても積雪はせいぜい2-30センチ。 大雪に慣れているヨーロッパ大陸の人から見れば、 「あれくらいの雪ですべてがストップするイギリスって・・・」と笑われているのではないだろうか。 すみませんねえ。 でも、さぼって遊びに行ったわけではない。 セールに行きたくても交通手段がなく、家にこもって、わずかな食料で一日を食いつなぐはめになったし。
この後は路面が凍って、滑る人が続出だろうなあ。 その一人になりたくないと心から願っている。 すでに足首をひねった、腰を打った、あざになった等の報告が入っている。 危ない、危ない。 雪慣れしていないから怖いよね。
January 06, 2010
出戻り。
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皆様、ご無沙汰しております。
さて、ロンドンはまたまた雪です。ほかの地域より降っていませんが。
今朝、起きてみると3-4センチは積もっている模様。ラジオの交通情報では私の路線に影響は出ていないようで安心していつもどおり支度をしていました。
ところが、、、駅につくと人だかりが。雪と気温低下が原因かわからないのですが、私の最寄り駅と2つ先の駅の間で線路が壊れた(割れた?)らしいのです。
こうなると当然、電車では出勤できず。
バス停を見るとすでにすごい人です。
前回、同じように電車が使えず、バスを乗り継いで学校行ったら、普通は20分で行けるのに2時間半かかったことがあります。今回もそうなるのかと思い気分は低下。
実は今日は二週に一回、朝は教職員の研修の時間がある日で、授業開始は11時です。
11時にも間に合わないかもしれない、、、と学校に電話したところ、教頭のMが「午後はもしかしたら雪で学校が閉まることになるから、11時までにたどり着けなかったら、来る意味ないわよ」と。
うーん、どうしましょう。
幸運なことに私の家は駅から一分です。一応、家に戻ってネットやラジオでニュースをチェックしながら対策を練ることにしました。
バスを乗り継いでも1時間半はかかる模様。しかも、待っている人の数を見ると、乗れるのはいつになることやら。
一応、たどり着けないときのために同僚に9年生と7年生の授業のための課題を用意してもらい、
教頭Mには私が来ないことを前提に代理の先生を手配してもらいました。
そして、ネットでGoogleマップをチェック。
私のエリアから学校まではどうやら徒歩で1時間20分のようです。
、、、行けるのか?
、、、、、、、、、日本人根性(もともとほとんど持っていませんが。笑)出しちゃうのか?
イギリス人同僚だったら絶対とっくの昔にあきらめてるなと思いつつ、ハイキング装備の準備を開始。ウォーキングシューズに、ズボン、レッグウォーマーにフリース帽。そして、上に防水ジャケット着用。仕事道具はリュックに収めて。
雪で早く歩けないから2時間くらいかかるのかなぁ、と思いつつ再び家を出発。
そして、20分くらい大通りを歩いていたのですが、一応、午後どうなるのか教頭に再び電話をしました。
そうしたら、「引き返したほうがいいわよ。昼休みで学校閉めるから。まぁ、それでも来るかどうかは貴方次第だけどね」 と教頭M。
、、、。
、、、、、、、。
はい、この言葉であっさり折れました。
たどり着いても授業して1時間半後にはまた家に向かって2時間歩くことには十分に予想され、さすがにそんな気力は私の中には生まれず。
同じく歴史科主任の同僚に電話で私が来ないことを報告。
そして、情けなくも家に戻りました。
雪装備した意味もなく。
罪滅ぼしに今日はおとなしく溜まった採点物を片付けます。
最後になりましたが、皆様、今年もよろしくお願いします!皆様にとって良い一年になりますように。