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April 28, 2010
対岸の火山
アイスランドの火山が噴火した。
日本人には珍しくもない火山。 阿蘇山、桜島、三原山・・・煙がモクモク上がる火口も絵はがきでおなじみだ。 が、アイスランドの火山のせいでイギリスの飛行機がすとんと止まってしまった。 それも全部。 しかも、6日間。 火山灰は上空1万数千メートルあたりを浮遊しているとかで、下界の私たちに見えるのはきれいな青空だけ。
親戚の子が日本から遊びに来ている。 ま、本人によると 「短期語学留学」だそうである。 週に100ポンドではろくな部屋も見つからないロンドンだが、私の家に寄宿中で、部屋代はもちろんタダ。 食費も必要なく、これもタダ。 というわけで、浮いたお金でヨーロッパの旅に出ていた。
飛行禁止令が出たのは水曜日の午後だった。 イギリスにもどるのは土曜日。 まだ数日の余裕があると思っていたが、土曜日にも禁止令は解かれないまま。 ・・・どうやってイギリスに帰るのか?
旅行先はスペインのバルセロナである。 いつ飛行解除になるかわからないので、長距離バスに乗るように指令。 が、土曜の朝にして、次のバスの予約が取れるのは3日後の火曜日の夜。 それも、バルセロナからロンドン行きはなく、パリが終点だ。 とりあえず、そのバスのチケットを購入させた。63ユーロ。
今度はパリからロンドンまでの乗り物をゲットしなければならない。 ユーロスターは片道が165ポンド。 えっ、165ポンド?! いつもなら、往復でホテル1泊つきで、69ポンドとかじゃないの? と驚いている内にチケットは295ポンドに跳ね上がり、売り切れた。
1、2日で収まると思っていた旅行客はだんだん焦ってくる。 バルセロナとロンドン間の乗客が1日で500人いるとして、2日で1000人、4日で2000人の乗客が飛行機に乗れずに待機しているのだ。 飛行禁止が解除されたとしても、それだけの人数が飛行機に乗れるまでにはどれだけの日数がかかるのか? 長距離バスでの移動は避けられなくなった。
パリとロンドン間のバスの情報を収集する。 が、ヨーロッパのバスは出発地からのみ、つまり、パリ発のバスはイギリスの会社からは予約できないらしい。 で、パリ発のバスの予約サイトに入る。 まず、言語を選ぶ。 さて、英語・・・っと。端っこのほうは英語だが、予約部分は、
・・・なんで、フランス語なんだ?
もう一度、英語を選ぶ。 さて・・・やっぱりフランス語じゃないかー! 言語を選ぶ意味があるのかー?
出発地、到着地、がフランス語で書いてある。しかたなく、そのままフランス語で半分、内容を推測しながら、予約手続きを進むと・・・ラインが切れる。 もういちど、・・・フリーズする。 フランスのバス会社のXXXX!
・・・切れそうだったのは、私の頭だ。
親戚の子の携帯電話の電源もクレジットも切れる寸前、私はテキストを送った。
「策は尽くしたが、予約は取れない。 パリでなんとかしなさい。 成功を祈る・・・」
とりあえず、パリからカレーの港までたどり着ければ、フェリーでイギリスに帰国できるとの情報も伝えた。 南フランスではこんな非常事態なのに鉄道スト決行中である。 さすがはフランス人・・・。
このあたりになると、イギリスも海軍の船を出すの出さないのという騒ぎだ。 海軍の船で帰国というのも思い出に残りそうだが、いつになるのかは不明。 待ってはいられない。 イギリスでのサバイバルで一番重要なのは、イギリス人を頼らないということである。信じられるのは自分だけ。 (フランス人はさらに当てにならないが)
ヨーロッパは地続きなのがありがたい。 親戚の子は、バルセロナからバスで15時間かけてパリへ。 次のバスは4日後と聞かされたが、直前でキャンセルが出て、その日の内にロンドンまで、さらに7時間のバスの旅、50ユーロ。 ロンドンまで Xキロの表示が見えたとき、守護霊の姿が浮かび、思わず泣いたらしい。
無事に帰国となったのである。めでたし、めでたし。 さて、・・・これから旅行保険の請求をしなくっちゃ。
April 14, 2010
ストーンヘンジ
ストーンヘンジに行ってきた。
在英10数年をして初めてのストーンヘンジ訪問である。 一度、行ってみたいと思っていたもののチャンスがなかったのだ。
日本にいたときには、外人の友達に頼まれて、くりかえし浅草や金閣寺に連れて行った。 イギリスでは、日本からの友人、親戚、うちの会社にロンドン出張してくるビジネスマンを連れ、ロンドン塔、ロンドン・アイ、マダムタッソーのわら人形館、じゃなくて、ろう人形館でした、に何度も案内させられている。
ストーンヘンジも希望訪問地として人気が高いが、何せ交通の便が悪い。 公共交通機関で行けなくもないとはいえ、乗換えが面倒だ。 旅行社主催の観光バスも勧めたが、イギリスに無料ガイド(注:私のことだ)がいると、わざわざ、お金を払って観光バスに乗る気にはならないらしい。
車で行くのが一番だが、私は運転ができない。 いや、免許はあるのだが、運転能力の著しい欠如が誰の目にも明らかなため、危険な行為として自戒している。
今回、また日本の親戚が来て、ストーンヘンジに行きたいという。 と、話の流れで友人から「連れてってあげるよ」 とのお言葉。 やったー。じゃ、私も一緒に。
イースター休暇にドライブという交通渋滞必至の無謀な計画だが、イギリス中、天気が悪いという予報で、遊びに行くのを控えた人が多かったのだろう。 道路はガラガラだ。 ロンドンから2時間足らずという近郊にありながら、初めてのストーンヘンジにわくわくする。
親戚の子はイギリスの田園風景に興奮している。
「わー、丘だ、草原だ、馬もいる。 あ、羊だ、羊がいる。羊だよー」
そういえば、私もイギリスに来て間もない頃、草原に羊が草をはむのを見て、 (羊だ、珍しー)と思ってたな。 草原に羊や馬がいるって、日本ではそう見られない風景だもんね。
「そうだ、明日はラムのローストディナーよ」と言ったら、いやな顔をしていたが。
さて、着いた。 ストーンヘンジと初めてのご対面だ。
横殴りの雨の中、広々とした草原にそそり立つ神聖なるストーンヘンジは、
・・・思ったより、小さい。
もっとドーンと大規模なものを期待していたのだが。 でも、最大の石は45トンもあり、トラックもクレーンもなかった時代に、これだけの大きさの石をウェールズから運び込み、積みあげている。やっとの思いで、これを建造し、そのあげくに、
「えー、思ったほど、大きくないじゃん」なんて言われたくないだろうな。
解説をしてくれるオーディオテープを借りた。
「なぜ、何100年もかけて、建設したのでしょうか? そして、何度も改修工事を行ったのでしょうか?」
わかる、わかる。 イギリスでは何を修理するにも、建設するにも異常に時間がかかり、無計画に何度もやり直すのよね。 2000年のミレニアム記念にロンドン・アイを作ったときも、元旦に間に合わなかったという、みっともない例もあるし。 ストーンヘンジ建設に数100年かかったのは、イギリスでは伝統的に工事が遅いという歴史的証明だ。 ロンドン・オリンピックのスタジアムも間に合うのか疑問である。
「どうやって、石を運んだのでしょうか? 謎です」
「建設の目的は何だったのでしょうか? 謎です」
「なぜ、建設を中止したのでしょうか? 謎です」
すべてが謎で終わるミステリアスな説明テープであった。
ま、人間の行動なんて説明がつかないものだ。 だって、ロンドンから2時間もかけ、たかが石を見るために、6ポンド90の入場料まで払っている私たちの行動だって、いったい何の意味があるのか? ただの石だよ、石。 ちょっと大きいけど。 (ついでに日本語のガイドブックも買いました。 こちらは4ポンド99)
天文台としての役目とか、宗教行事の祭壇というのが有力な説らしいが、
「作りたかっただけ。 だって、かっこいいと思ったから」 なんて、簡単な理由かもしれない。 当初は目的があったかもしれないが、100年たち、工事人も世代交代をしている内に、「何のために作っているのかはわからないけど、昔からこの地域の公共工事だから続けている。予算もずっと計上されてるし・・・」なんてね。
April 07, 2010
バレエ鑑賞with 義理ママ(その2)
さあ、2幕目が始まった。酔いは醒め、ロイヤルバレエを堪能したぞ。バレエの後で軽く1杯と思っていたが、終わったのが10時30分で、ママはそのまま帰りたいということで、家路にたどり着いた。
ママが我が家に泊まったのは、かれこれ2年前だった。レイアウトも変わり、ママのために綺麗にした甲斐があって開口一番「あら、広々と綺麗になったわね。」とお褒めの言葉。やった!!(得点1だ)
さっそくベッド作りだ。我が家には、スペアールームにベッドがないので、ダーリンがソファーをベッドに組み立てている間に、バーゲンで買っておいた新品のデューベカバーをかけ、ママの部屋に持って行った。ママは、その間に顔を洗い、さっさとベッドへと潜り込んだ。あっ、いけない。ママ用のバスタオルとフェイスタオルを用意し忘れていたが、時はすでに遅し。(減点1かな?)
朝になると早起きのママはすでにシャワーを浴びていた。私は、朝食の用意。といっても、トーストやバター、ジャムなどをセットするだけでいいので、楽々。それでも果物、ジュース、コーヒー、シリアルとなると結構、大変だ。それに我々のランチ、サンドウィッチも作っている。バタバタ、としている私を見て、ママは「それは、ランチを作っているの?」と聞く。ここぞ挽回のチャンスと「そうなの。 毎日外食では高くなるし、身体のためにも手づくりがいいでしょう?」とちょっと良い嫁を演じて見た。(これでさらに得点1だな)
ダーリンも起きて来て3人で朝食を取った。ママを見ると、会話をしながらも目が宙を舞う。そう、キッチンの中をいろいろ見回しているのだ。 ああ、棚の中はメチャクチャだし、カトラリーの引き出しも、がさつにいろいろ入っている。冷蔵庫は、あ、これは掃除をしたっけ。とママの目を追いながら、そこは大丈夫、ああ、そこはダメと心の中で独り言。こうなったら隠しきれない。もう、開き直るしかないだろう。(ああ、これで減点だな。トホホ)
ママは、午前中の飛行機で帰るので、我々と一緒に出掛けるという。さあ、化粧をして、戸締まりをして、、、、とママが寝た部屋に行き気がついた。私とした事が、ママの行動をすっかり忘れていた。ママは、泊まりに来たらやることの1つに、 ベッドのシーツやカバーを洗濯しやすいようにと、起きたらすぐにはがすのが習慣だ。それはありがたいのだが、カバーを掛けていることでごまかしていた冬用のかなり古いデューベがすっかりむき出しにされてしまった。シミだらけで、ヨレている。うっかりしていて、ここ迄気が廻らなかった。綺麗好きのママなら耐えられないだろう。きっと帰ってから、まま友達に、この事をおもしろ可笑しく話すのだろうなー。ああ、ママのお喋りのネタをつくってあげたようなもんだ。(挽回不可能な大減点だーーー!!)
出勤前から、今迄の疲れが一気にドッーでたぞー。