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April 30, 2008
義理ママがやって来た!! その1(coco)
ここ1ヶ月間の週末は、ママ来日のために掃除と片付けの日々だった。
しかし、掃除すると家って、一段、明るくなるのねー。これは、ちょっと快感になるわよー。ウフ。
(えー、そんなに汚れている訳ではないのですが、ちょっとしたところを綺麗にすると、本当にピカピカに光るのよね。大掃除って、たまにはいいかも。)
さて、私の掃除は、予定の80%程度しか完了しなかった。
義理ママは、木曜日夜9時に我が家に到着した。
軽い食事をともにした。
食事しながら、いろいろ話しているのに、ママの目は、
我が家をなめ回すようにあっちこっちと泳いでいる。
ウッ、まずい何かアラが見つかったかしら?とおびえる私。
しかし、何もおとがめはなかった。ふー。第一関門突破だ。
食後のコーヒーを飲んでいるときに、ママが言った。
「この家の間取りは、使いにくいわね。改造したら、いいわね。その時はね、、、、、、、」と
ママのアイディア話がどんどん進みだした。
まあ、改造といってもお金は何処からでるの?と思いつつも、
我々は大した反論もせずに時々相づちを打ちながら聞いていた。
何も言えなかったのは、その前にママが語った嫁のジェマとの確執はなしを聞いた後なので、
何だかママが可愛そうで、うんうん。と聞いているしかなかった。
義理ママは、息子家族に会いに行った最後にこう宣言してきたそうだ。
「あなた達が私を呼んでくれるまで、2度と私からは来たいとは言わないわ。」と言ったそうだ。
それは、孫に会いにいけないこと意味し、とても悲しそうに話していた。
自分に対して、嫁の必要以上な攻撃的態度が理解できないと嘆いていた。
急に、私に「どう思う。」と話を振られた時には、正直困った。
だって、ジェマからは何も聞いていないし、あくまでも想像だからだ。
私が思ったのは、こうだ。
高収入のダンナを持ち、海がすぐ側の高級マンションに住み、自分は働く必要もないし、子供の面倒だけを見ていればいい、という恵まれた環境で生活している。昼は同じような境遇の若いママたちとのランチを楽しんでいるジェマは、だんだん自分が特別のグループに属すことにプライドを持って、鼻が高くなっているのだろう。(まったく、 世の中って不公平よね!?)
つまり、自分が「スペシャル」という勢いがどんどん増し、謙虚さがなくなってきているのでは?
と伝えたが、ママがどう思ったかは分からない。
ともかくダーリンと私は、ママを思いっきり楽しませてあげようと、
いろいろ企画した。
翌日の金曜日は、私が会社を休むことにして、まずは女同士の共通の楽しみ、
ショッピングに出掛けることにした。
実は、ママと2人だけで出掛けるのは、始めてだ。うーん。ということは、ずーと英語か、
と思いつつもなんとかなるさ、と出掛けた。
まずは、コンサバというところで、Oxford CircusにあるJohn Lewisに出掛けた。
ここは、昔は布や照明、家具、家庭用品などを主に扱ったデパートだったが、
最近は洋服にも力を入れていて、様々なブランドを揃えているのでいろいろ見比べられるので便利だ。
我々は、魅力的なセールコーナーを始めに、一通り見て気に入った物を手にして試着室に向かった
。
そこで気づいたのは、ママが持っているのは、 セールになっていたT-シャツとタンクトップだけ。
私は、スカートからワンピース迄、なんと7点も持っている。
(うっ、まずい、浪費家の嫁と思われるかな?)
幸い気に入った物がなかったので私は全部返した。(ホッつ。まあ、気に入ったものがあっても後日来ただろう。)
幸い?ママは気に入ったものがあったので、1点購入した。
しかし、タンクトップをもっと探したいと言う、他に行くのはもちろんOKだ。
ということで2人のショッピングはまだまだ続いた。(つづく)
April 28, 2008
男のプライド 1
近所に住むニッキーは、息子より2才年上の男の子だ。
学校が休みの日は、いつも暇そうに家の前でぶらぶらしている。
彼のぶらぶらテリトリーがだんだん拡大して、最近は徒歩5分ほどの我が家にまで一人で来るようになった。
(ニッキーは7才。一応、11歳以下は一人で外出してはいけないことになっているが、まあこの位の年齢になれば気にしない親子もいるのだろう)
イギリス人は「アポ無しで人の家に来るなんて、ありえない」人種だが、やはり子供は
「あ~そ~ぼ」
と気軽に遊びに来るのだな。物騒なロンドンでも牧歌的な気持ちになる。
一人っ子の息子も遊び相手が来ると大喜びで、ふたり仲良く遊んでいる。
(ただし、日本の様に子供だけで外で…と言うわけにはいかないので、大抵家の中で遊ぶことになる)
でも、いつでも突然の来訪なので、こちらの都合が悪いこともある。
先日、息子の友達のバースデーパーティーにさあ出かけよう、というところで
「ピンポーン」
とニッキーがやってきた。
「ごめんね、今からパーティーに行くから…」
と言うと、この世の終わりの様な顔をされてしまい(実話)なんだか気の毒になってしまった。
会場を借り切ってのパーティーだったし、お母さんとも仲が良かったので、まあ一人増えても変わらないか、と一緒に連れて行ったこともあった。
(Invite myself ってやつですな。イギリスのオキテ、無視しまくりのニッキーと私である。)
この春休みの間、息子は毎日ホリデークラブ(いつも行っているアフタースクールクラブが終日面倒を見てくれる)に通っていた。
ある日、私が外の用事から戻ってくると、我が家の前でニッキーが待っていた。
どれくらいここで立っていたのだろう。
息子を待っていたのは火を見るより明らかだが、私が一人で戻ってきたのでお目当ての息子はどこかに行っていると瞬間的に察したのだろう、
「僕、今から友達の家に行くところなんだ」
と私に言う。
「そうなんだ、いいねえ~」
などと私も合わせると
「でも…明日なら○○(息子の名前)と遊べるかな…」
と言う。
「ごめんね、明日もホリデークラブに行くのよ」
と私が言い終わるか言い終わらない内に、
「ああ、忘れていたけど明日も友達と遊ぶ約束しているんだった。ん~、多分週末なら遊んであげられると思うよ」
と言い去っていった。
息子が不在だった気まずさに加え、毎日スケジュールが真っ白みたいに思われるのは7歳児でもプライドが傷つくんだろうか。
面白いなと思っていると、最近、息子にも同じような言動が見られるようになった。
つづく
April 27, 2008
Marathon
巷では聖火リレー茶番劇が騒がしいが、知人が今年もロンドンマラソ
ンを完走した。ご存知の方も多いと思うが、ロンドンマラソンは大き
なチャリティー・イベントでもある。彼女は、これまで何度もこれに
挑戦し、完走し、さまざまな募金を行われている。その高尚な数時間
を死ぬ思いで駆け抜けられている頃、僕はある行事に参加し、ワイン
片手に、赤ら顔でぶらぶらとケント州の公園を散歩していた。なんた
る違い。
”えらい”、という日本語のニュアンスは、英語に翻訳しにくいと、
どこぞの本に書かれていたが、確かにそうかもしれない。彼女は正に、
えらい。これまでにも挑戦をやめようと思ったこともあるかもしれな
いし、いつかはストップせねばならない難行である。それを数度も続
けたというのは、文句なしにえらい。きっと、なにかしらの抗いので
きない使命感を覚える人なのではないだろうか。これはえらい。
えらい、の別のニュアンスに、偉くなった、課長になった、社長にな
った、というのがある。偉い人の接待は疲れる、などと使われる場合、
その地位が主な対象なのであり、個人の知力・人徳などは対象の外に
ある。偉くなった、なぜなったか、と考えたときに、なにかしらの抗
いのできないご指名があって、たまたま自分がその役割を一時的に演
じていると思えば、地位に固執することもなく、地位を利用した不正
を思いつくことも無く、指名されたとおりの仕事をきちんと進められ
るであろう。duty という単語は日本語になりにくいなあと感じてい
るが、まさに dutyを果す、ということである。僕は稲盛さんの本を
あまり読まぬが、このあたりは全く同感、えらいなあと思う。
普段あまり意識したことは無いが、社長業なんぞは、なんの得も無い
なあとは感じてきた。チャリティーとまでは言わぬが、たまたま当社
を創ってしばらく社長業を営むというのは、神か仏か知らぬが、何ら
かに与えられた自分の役割なのだろう、と思えば、昇給が少ないと訴
えてくる社員への対応や、首を申し渡す時の辛い沙汰も、いたって冷
静に対処が・・・できていないのが情けない。やはり僕はワイン片手
にぶらぶらしながら、これは辛かっただの、これはすごかっただの、
一喜一憂の俗な毎日を、これからもマラソンする事になるのであろう。
是非も無し。
April 24, 2008
春が来た。
実は先週、先々週は春休みで二週間学校が休みでした。その間、ロンドンを離れて地球の反対側にいたのですが、帰ってきてびっくりしました。
二週間いなかった間に日が一気に伸びているという事実に。
イギリスに在住の皆さんはもちろん日々実感なさっているかと思いますが、ついこの間まで朝の出勤時は薄暗く、帰宅時間には外は真っ暗な毎日が続いていたと思ったのに、3月末に夏時間が始まってからは特に急速に日が長くなっていっているように感じるのです。
イギリスの冬は天気も悪いし、日もかなり短いです。12月の下旬だと朝の8時ではまだ薄暗く、午後の4時過ぎには日が翳り始めます。緯度を考えればイギリスは北海道よりも北の地ですから不思議ではないのですが、この国に来た当初は本当に驚きました。初めて来たのが7月だったのでその年の冬は余計に暗く感じましたっけ。
逆にイギリスの夏は日が長いです。夜の10時くらいでもまだ外が結構明るい感じです。すでに4月下旬の今でも8時半くらいまで外が明るいほど日が伸びでいます。本当に待ち望んでいた季節の到来です。
教員という仕事は外で活動することがあまりありませんし、私自身、休み時間もめったに外にでることがないのですが、ふとしたときに目に入る窓の外の景色に結構影響されます。冬の間にこういう風に朝起きれなかったり、憂鬱になったり、症状が進めば本当のうつ症状が出る人も多いと聞きます。これはSeasonal Affective Disorder(Winter Depression)といわれ、冬の日照時間の短い国々では一般的です。イギリでは特に北のスコットランドで症状に悩む人が多いそうです。
やはり、私も暗い冬は何事もネガティブに捉えてしまいがちなような気がします。冬の間は朝日で目が覚めることが無いので、もともと目覚めの悪い私にはもっと朝がつらくなります。イギリスの某家電メーカーが出している「Wake-up light」なるものの購入を真剣に考えたほどです。これは目覚ましと卓上ランプが一緒になったもので、朝に起きたい時間をセットしておくとそれに合わせてランプが徐々に明るくなって、人間の交感神経に働きかけて、自然な形で脳と体を眠りから覚ましていくというものです。
一日のスタートがそんな感じだと、日中、なんとなく気分が晴れず、授業中にあったささいなことでも重く受け止めてしまったり、放課後の教室で真っ暗な外を横目に見ながら憂鬱な気分で採点をしたり、、、。これでも数年前よりだいぶ慣れて、心に余裕が出来たのですが。
それが今回、休みからロンドンに戻ってみたら急に明るい。天気や日の長さに加えて、木々の新緑が美しい。
今日も放課後いつものように採点をしたり、たまった仕事を片付けていたのですが、窓から入ってくる爽やかな風と外から差し込む明るい日差しに私の集中力も増したようで、いつもより要領よく仕事ができました。こんな日が毎日だといいのに。
さらに、私の教室のすぐ外には色々な草木、花が植えられており、その植物たちが日に照らされてきらきらと輝いています。しばらく眺めていても飽きない景色です。
何とも贅沢な気分になった放課後でした。
April 23, 2008
ゴッドファーザー (coco)
いやー、スカイプ(インターネット電話サービス)はすごいよね。
(今更感心している奥手のワタシ。)
先日、アメリカに住むダーリンの弟家族とカメラ付きで、スカイプを利用し会話を楽しんだ。
もうすぐ2歳になる甥っ子には、このシステムがなんだか理解ができないようで、
興味深そうに自分の顔と我々の顔を見ていた。私も同じ心境だ。
そこへ、義理ママと仲が悪い弟の嫁ジェマが、
「ほら、あなたのゴットファーザーよ。」とダーリンの事を呼んだ。
そう、ダーリンは甥っ子の『ゴッドファーザー』だ。
我々日本人がこの言葉を聞くとすぐに思い出すのは、アメリカ在住のイタリア系移民の栄光と悲劇を描く、あのギャングの物語。映画では、若くてカッコいい、アルパチーノが出演していたっけなー。うっとり。
しかし、ダーリンの『ゴッドファーザー』は、カトリックの世界でいう、
後見人的な父親をさし、母親の場合は『ゴッドマーザー』と呼ぶそうだ。
この甥っ子の『ゴッドマーザー』は、ジェマの姉妹にお願いしているとか。
そうだ、だからこの子の洗礼式には、ダーリンも一緒に儀式に加わっていたな。
もし、ダーリンの弟に何かあった場合は、弟に代わってダーリンが父親役となってこの甥っ子の面倒をみるということらしい。
ふーん。よく出来ている。
ダーリンもこうして自分は、この子の『ゴッドファーザー』と毎回、意識しているようで、
だんだん特別な感情を持っているらしい。
去年のクリスマスでは、きれいでよく出来ている飛び出す絵本や、アニメなど沢山プレゼントをあげていた。
会話の中で、義理ママが我が家に訪れることが話題になったが、
話は何も発展しなかった。
うーん。彼らの中では、特にママに対して不満を持っていないような感じだ。
実は、弟家族は、仲良しだった妹とも仲違いしている。
そして、義理パパとも、仲が悪い。
これもそれもどうーも、嫁ジェマの影響が強いと思われているらしい。
ダーリンの親友は、この弟とも親しくて、この状況を彼はこう読んでいる。
いままでも弟は、ガールフレンドができると、自分の生活を変えてしまったそうだ。つまり、自分たちとの遊び制限し、オンナにあわせるらしい。
つまりは、女にリードされて、それでhappyらしい。
きゃー、まるでボーイフレンドができると女友達を捨てるとんでもないオンナと同じ?
ってことは、多分、今回のことも、夫である弟がもっとしっかりと舵取りしていれば、
家族の絆は保たれていたのかしら?
でも、夫婦仲はいいし、誰が、彼らに忠告するのだろうか。
だれもいない。みんなこのまま2人を見ているだけだろう。
もしかすると、事態はもっと悪い方向にいくかもしれない。
結婚してお互いに家族を持つってことは、家族が増えると供に問題も増えるってことなんだなー。とつくづく身を持って感じた。
しかし、我々は弟家族とも、妹家族とも、そして、ママやパパとも仲良くしている。
いつか、どっちにもいい顔をしたコウモリのような奴らだ。と言われないように
気をつけないといけないってことかしら?
April 17, 2008
お窓様
今回は教室についてのお話をひとつ。
イギリスの中学高校では授業毎に教師が教室を移動するのではなく、生徒が移動するのが基本です。日本でも理科室や家庭科室など学科の用途に合わせて作られている教室がありますが、イギリスではそういう特殊な道具や施設が必要な教科に限らず、全ての教科に専用の教室が割り当てられています。私の学校ですと、私の専門教科である歴史科の教室は三つ。本校舎の1階部分にあります。
もちろん教室の数より教師の数の方が多いので、一教師一教室というわけにはいかないのですが、フルタイムで教えている専任の教師は授業をおこなう教室がなるべくいつも同じになるように時間割が組まれています。歴史科は数学科や英語科と比べると教師の数も少ないので、私は幸運な事に一年目から自分の教室を貰えました。私の授業は10年生より上の学年以外は全てその教室でおこなわれます。
私の授業の時間になると生徒が私の教室にやってくるのです。もちろん他の学科の教師が、教室が足らなくて使うこともありますが、基本は私の独占状態ですので教材や授業で使う道具も全てそこに置いておけます。授業準備も休み時間の間に移動せずにできるので楽です。
自分の教室があると机や椅子の位置や部屋のデコレーション(掲示板に貼る背景の紙の色やポスター、掲示物も含めて)も自分好みにできるので自然愛着が生まれます。ちょっとした「自分の城」なのです。どうしたらカラフルで面白くて子供の学習意欲を高めるような教室作りができるか、という内容の校外研修を主催する会社もあるくらいです。はじめてその研修会の広告を見たときは驚きましたし、今でもわざわざそれに参加してまで学ぼうとは思いませんが。
さて、そんな私の「城」ですが、かなり困った事があります。以前にも書きましたが、私の学科がある本校舎では窓にかなりの難があるのです。一体窓のちゃんと開かない部屋が校舎の中にいくつあることか、、、。建て付けが悪かったり、窓を支える金具が壊れていたりと、開かずの窓に苦しむ教師は私だけではありません。なにせ、窓が開かなければ30人の生徒と夏の暑い日でも新鮮な空気が入る事のない教室、いえ、「サウナ」で100分授業をすることになるのですから。
思えば私があの部屋で授業をするようになってからの約3年半、下手をしたら窓が開かなかった期間の方が長かったのではないでしょうか。私の学校の校舎はもちろん建設業者が建てた物で、現在、学校と契約している管理会社が設備のメンテナンス・校舎の警備をおこなっています。ところが、肝心な窓枠を入れた業者が随分前に倒産したらしく、どんなに難があっても窓枠ごと新しく換えられる事はないのです。
一旦壊れれば、メンテナンス会社と連絡をとって修理するしかありません。でも、その修理がなされるのが遅い。現に数ヶ月前に壊れた窓が修理されたのはつい数週間前の事でした。用務員のおじさんに言っても「俺らには直せないよ」と言うばかり。どういう手続きをすれば直してもらえるのかも教えてはくれません。彼らの雇い主である管理会社に連絡してくれれば済むと思うのですがそれすらしてくれない。今回のことについても滅多に会うことのない校舎・設備の総責任者である同僚Dに直談判をしてやっと直してもらったのです。「はじめから彼に頼んでおけばよかった」と心底思いました。
さぁ、これから夏。イギリスとはいえ、天気が良ければ気温は上がります。私の城が快適な環境であるために不可欠である二つの窓。その窓が壊れればまたサウナ状態での授業になるのです。それはどうしても避けたい私。「お願いだから壊れないでね」と毎日窓にご機嫌伺いをする毎日が続きます。
私をフットボールにつれてって その2
一度、フットボールの試合を観に行きたいと思っているのだが、なかなかチャンスがない。
フットボールファンではないし、それほど、スポーツ観戦には興味がないのだが、スポーツニュースでよく見る大観衆の興奮ぶりを目の当たりにしてみたい。
やったことがないことはやってみたい。見たことがないものは見てみたい。
もちろん、 「F1レースでルイス・ハミルトンと競り合う」 だの 「プライベートジェットで世界一周、シャンパンとキャビアつき」とかは、不可能だし、
「黒魔術用、生け贄のヤギ、解体実践講座」 とか 「ヤXザの組員の皆様と覚せい剤でトリップ体験」なんてのは、チャンスがあってもお断りするが。
とはいえ、興味本位の観戦だ。
寒い中を震えながら数時間も観戦するほどの熱意はない。血の気の多い連中に囲まれ、乱闘に巻き込まれないように、大柄でボディガート代わりになる男の友人のエスコートも必要。
どうせ行くなら有名なチームの試合がいいな。あまり名前の知られてない、しょぼいチームの試合はイヤ。
というわけで、友人が
「マンチェスターユナイテッド対アースナルの試合をボックス席で観たい?」という話を持ってきたときには飛びついた。
マンチェスターユナイテッドといえば、その名の通りマンチェスターの勇。
そして、アースナルといえば・・・えーと、確かこれも有名なチームだ (・・・どこのチームだか、よく知りません。どこかにアースナル市というのがあるのか?)
なんてったって、 「ボックス席」というのがいいねえ。
・・・ところで、ボックス席というのは何ですか?
と聞いたところ、観客席の中ほどに設えてあるガラス張りのルームだそうだ。
フットボールの観客は 「シーズンチケット」を持つ会員が中心になる。これが9割とかを占めるので、 「一見さん」なんかの手に入るのは微々たる席数。
ボックス席も企業が年間契約で借りるらしい。誘ってくれた友人は接待するはずのクライアントがキャンセルしてきたとかで私に声をかけてくれたのだ。
年間契約金を払うのに、そこで観戦するには、ゲームごとにさらに金がかかるという。
フットボール選手に大金が払えるのは、こういう仕組みか。
彼の会社の持つボックス席は20-30人収容でき、ゲームの30分前からホットビュッフェとドリンクがサービスされる。試合が始まるとその外にあるテラスで観戦。外に出なくてもルームの中には大きなスクリーンもある。
スーツ着用の必要はないが、フットボールシャツとスニーカーは禁止というドレスコードだそうだ。 「一般の観客とは違うのよね、僕たち」というスノッブ感覚と思われる。 ふん・・・労働者階級のスポーツのくせに。
一人につき250ポンド、しかも飲み物は別料金というゴージャスな席だ。
試合後1時間までは使えるので、スタジアムを出る観客の混雑が収まってから席を立つ、なんて優雅なこともできる。
ん、まー、素敵。と思ったのだが、前日になってキャンセルしたはずのクライアントがキャンセルをキャンセルするという事態が発生し、残念ながら、今回の試合観戦のチャンスははかなくも消えた。
「今度、連れて行ってあげるよ」とは言ってくれたものの、有名なチームの試合はチケットがなかなか手に入らない上、一番安い席でも50ポンド以上という。汗臭い男たちがボールを蹴りあうのを見るのに50ポンドも払うのか? オペラにだって、もっと安い席はあるぞ。
250ポンドのボックス席でタダ見ができそうだったことを考えるとちょっとがっかり。
まあ、スタジアムの臨場感を正式に味わうのは 「外野席」 (野球と混乱している私)が一番なんでしょうけどね。
というわけで、フットボール観戦は未経験ざます。一体、いつになったら行けるのか?
April 16, 2008
嫁姑問題 (COCO)
古今東西、嫁姑問題は起こる。
期待を裏切って悪いのだが、私と義理ママではない。
ダーリンの弟の嫁と義理ママが、現在問題を抱えている。
弟には、2才の子供がいる。
ママにとっては、初孫。可愛いし、プレゼントもしたいし、いろいろ面倒をみたい。
しかし、これが嫁に取っては大迷惑らしい。
そのせいか、嫁のジェマはママからプレゼントが届いても、お礼も言わなければ、届いた知らせもしない。
彼女は、私と違って肌は白く、英語もちゃんと話せるので、義理ママとしては、大満足なはずだ。
ジェマの性格は、いつも自分が正しいと思うと後に引かない傾向があるが、我々兄妹同士は仲良し。
昨年会った時には、義理ママが遊びにくる計画を立てていると分かった時には、
冗談か本気かわからないが、ジェマは「私は、その間に旅行にいこうかしら?」なんて言ってたなー。
どうやらあれは、本当の気持ちだったんだ。
2月に、義理ママが彼らの家に遊びにいった時に事は起こったそうだ。
ダーリンの弟は、ともかく仕事で忙しい。ママが遊びにいったときにも、
夕飯を食べては仕事に戻るなんて、ハードな人生を送っていたそうだ。
必然的に、ママと嫁の過ごす時間が長くなる。
ママは、どうも自分が歓待されていないのを感じて、息子に聞いたそうだ。
しかし、なんと弟は、それをストレートに妻に聞いたらしい。ガチョーン。
そうなのよね。男って時々、正直に話すのがいいと誤解しているようで、間違いを犯すのよね。
火に油を注いだのよー。女の戦いはこれでしっかり始まったよね。
ともかくそんなことを夫に言ったママを許せなくて、 ジェマは、ママが自分の子供の躾が悪かったから、あなたの子供はみんなダメだ。とか、私の子供に対して何も言わないで。
等々、はっきり、きっぱりとママにいろいろ言ったそうだ。
あげくの果ては、私たちはサンドウィッチを食べたら、昼寝をするからね。
自分のことは自分でしてね。とサンドウィッチさえも作ってもらえず、突き放されたそうだ。
この話は、義理妹からの情報だ。この話を聞く限りではママが可愛そうになってくる。
ママはセンスがよくないものも送ってくるだろう、でも、ママの愛なのだ。
着せなくてもいいから,ありがとうを言えば、すむのに。。。
たった2週間なんだから、何も本当の事を言わなくても。。。みんなで笑顔でねぇ。
と、人の事だから、何とでも言える。
ジェマも子供が産まれてから、さらに気が強くなったのは事実。
こんな傷心のママが我が家にやってくる。
正直、ママといると気を使って、落ち着かないし、すごーく疲れる。
多分向こうも気疲れしていると思う。
今回はいい気持ちで帰ってほしいが、それはそれでプレッシャーだ。
ああ、私うまくやれるかしら??
ママは来週やってくる。
キャー、今週末は冷蔵庫、食品棚とオーブンの掃除が私を待っている。
ママを向かえる頃には。きっと疲れ果てて、静かな私になっているから、ママも大満足するか、
気が利かない嫁の烙印を押されるかのどちらかだなー。
ああ、大変んだー。
April 12, 2008
6 x 200 = 1,200
おてんと様は下界の人間の期待とは独立して活動しており、夏時間と
なろうが、折角のイースター4連休であろうが、雨を降らしたければ
そうするし、4月になろうとも容赦なく雪を降らす。今年は特に文句
のひとつも言いたくなるような天気が続いているが是非も無し。UKで
最もよい気候と言われる5,6月が昨年のような悲惨なことにならな
ければ良いと思うが。
政治の世界も人間の期待とは独立して活動しているのではないかと、
再認識せざるを得ないことが世界のあちこちで散発する。近頃やり切
れない気持ちになるのは、瀕死の銀行に対する、官による救済である。
中小企業の経営者は、少なくとも従業員に給与を支払い続けるべく、
知恵を絞り、こつこつと小さな金を、懸命にやりくりして営業してい
る。税率が変われば更に工夫をかさね、legislationが変われば仕組
みを変え、情報漏洩と聞けばそれなりの対策する。そして経営が失敗
したら一巻の終わり。誰もが是非も無し、と思うだけで、危ないとき
には銀行も誰も傘を貸さない。現代の資本主義社会でのビジネスとは、
こうした厳さが必ず伴う。
当社の売上げは、昨年度、円でいうと約6億円だった。社員30名と
その家族が生活できる数字である。このまま営業を続ければ、200
年後には1,200億円となる。無論、僕が三途の川を渡ってから百
数十年を経過した頃であろう。こうした大金を3年の間に、利益では
なく、損失として作ってきた経営者というのは、逆の経営結果を出せ
うる人たちなのかもしれないが、今回の賭けは負けと出た。ビジネス
には多かれ少なかれリスクが伴うが、当時の都議会はリスクの方を選
択したのであり、まさに是非も無し。
そして、再生計画に全く説得性の無い破綻銀行に1、200億円の税
金の注入が、数度の会議を経て議決されたという。子供達の間でさえ、
広場や砂場で遊ぶとき、負けたビー玉は返ってこない。ズルをすると、
友たちにズルーイと言われる。ズルをしないまでも、200年分のビー
玉を損失しちゃうような遊び方を避ける知恵は、どの子供でも持って
いる。銀行というのは非常に特殊なビジネスのようで、これまでにも
国が救済するということが何度も行われてきた。その度に、中小企業
のオヤジたちは、ビー玉ってえのは、本当は返ってこないんだよなあ、
との溜息を抑えられない。
プロを集めて作った銀行である。当然、その品質はどうあれ、なんら
かのリスク回避のコントロールが、複数存在したはずであるが、なぜ
ワークしなかったのだろうか。さらに日本には、金融庁という、外部
の強力なモニター機能が存在するが、なぜこうなるまでワークしなかっ
たのだろう。 1,200億というのは、金融庁にとっては小さすぎる数字
だったのだろうか。僕の理解の範囲を超える、もっと生々しい原因が
積み重なったのだろうか。
この零細企業に不正が起きないように、事故が起きないように、当社
のサービス品質がなるべく個人に因らないようにと、社員が懸命に稼
いできてくれた、なけなしの金を使わせて貰って、コンサルタントを
雇い、基本術を教えて貰い、毎日コツコツと当店に合ったシステムを
考える。中小企業の経営者達はそのような努力を毎日続け、インパク
ト度でいえば、100万円程度の事故をいかに防ぐか工夫しているの
だ。1,200億注入、はあ~。
April 09, 2008
恐怖の税務署
今年の初夢は 「古タオルを干すもう一人の私」 (1月9日のブログ)。洗濯物を干す私。では、それを見ている私は誰? と、それを象徴するような出来事があった。
この時期、税務署から税金関連の書類が送られてくる。そこには 「内容を確認して、もし、間違いがあれば連絡するように」と書いてある。
日本では、 「税務署」 「銀行」 「保険会社」 「役所」からの書類をわざわざ確認することはしない。店で受け取るお釣りやATMから出てくる紙幣だって数えなおさなかった。
が、ここはイギリス。
なーんたって、ミスが多いのだ。自分の身は自分で守らなければ。
えーっと、住所、氏名、生年月日・・・で、所得が違うじゃないの。
なぜか、 (あー、これだけあればいいわね)という額が書いてある。これだけくれるのならともかく、これをベースに追加の税金なんか取られてはたまらない。
書いてある番号に電話したら、珍しく、すんなりとつながった。
「書類を受け取ったのですが、間違いがあるので電話しました」
「それでは、本人かどうかの確認をします。まず、名前からお願いします」
と、オペレーターの質問に次々を答えていくと・・・
「こちらにあるデータと一致しませんね。これ以上、進めることはできません。もう一度、かけなおしてください」と言う。
何か、言い間違えたっけ?
しかたなく、もう一度、かけなおした。今度はしばらく待たされた。
今度も本人確認のため、同じ質問がされた。
で、「データと違います。ここで終了します」とオペレーター。
ちょっと、待ってよー。
「私、間違ったことを言ったかしら? どこが違います?」
「それは申し上げることができません」
ま、それはそうだよね、本人を騙った他人に個人情報を渡すことになるもんね。
でも・・・本人が本人の情報を答えているんですけど。
「えーっと、どこが間違っているのかわかりません。貰った書類の内容を訂正したいんだけど、どうしたらいいのかしら?」
「もう一度、かけなおしてください」
「でも、同じ質問をされても、同じ答えしかできないし。本人なので正しい情報を答えているんですけど」
「でも、こちらで記録されている情報と一致しません」
だから、そっちが持っているデータが間違っているんだよー。私が本人なんだよー。信じてー。
しかたなく、もう一度、かけなおす。今度はもっと待たされた。
で、また同じことの繰り返し。
「かけなおしてください」
「何度、かけなおしても同じです。どうしたら、自分自身の情報にアクセスして間違いを訂正できるの?」
「・・・かけなおしてください」
―――この不条理はカフカの世界か、それとも筒井康隆か・・・。
こんなとき、受話器をたたきつけてはいけない。そんなことをしていては、イギリスでは電話をいくつ持っていても足りないからだ。
それにオペレーターはマニュアル通りに話しているだけだろうし。
私はため息をつきながら、給料明細書やその他の書類を一式コピーし、学生時代にやったように蛍光マーカーペンであちこちに線を引き、ところどころに赤ペンで説明をつけ、税務署に送った。こっそり書類の片隅に 「バカタレ」と日本語で書いてやろうかと思ったくらいだ。
日本で働いているときには年末に経理の人がさっさと調整してくれていた記憶がある。私は自営業の経験はないので、税金関係の書類なんか、いつも人まかせだった。
なんで、こんなことまでやらされるのか、イギリスで働く会社員! ついでに言わせて貰うが、高いぞ、税金!
義理ママがやってくる!!!!(coco)
ダーリンのママが今月末にロンドンにやって来る。
彼女の3人の子供は、それぞれが家庭を持ち、故郷をあとにしている。
この2月、ママは孫と会いたくて外国に住んでいる弟の家を訪れた。
3月は、最近結婚した娘に会いに北部へ行った。
我が家には、孫もいないし、黄色い肌をした嫁がいる。
うーん。どう考えてもあえて遊びにくる必要もないし、我々も期待はしていない。
それにクリスマスに会ったばかりだし、弟の家に遊びにいく前にもあって食事をした。
そう、ママとは充分に会っている。
しかし、なぜか、我々に失礼と思ったという理由で、ロンドンにもやってくるという。
ふーん。と思っていたら、実は、格安飛行機会社のキャンペーンで、ロンドンへの片道チケットが
1ポンドで買えたので、来る事を決めたらしい。さすがしっかりママだ。
そして、いままでならロンドンにいた高給取りの弟の家に宿泊していたので気軽だったが、
弟がいない今回はそうはいかない。そう、我が家に泊まると言う。それも3日間も!
ウチは狭いし、お客様用の部屋もないといったが、何処でも寝むれるので構わないという。
さあー、大変、大変だ。
義理ママは、英国人でありながらすごーーく綺麗好き。
そう、窓の桟を指でふいて「あら?こんなに誇りが、、」なんて姑の役がピッタリなぐらい。
ママは、週4日働いていても、掃除人を雇っていた。
私は、週5日働いているが、自分で掃除をしている。この違いは何か。
家の隅々までが綺麗にできない。ということ。
だって、仕事をしていると週末は掃除機かけて、
トイレ、風呂場を掃除するのだけでも大変よね?!。
たまに土日ともお出かけなんてしてら、そんな掃除もできなくなる。
だから、冷蔵庫の中の掃除なんてなかなか出来ない。
まして、食器棚の掃除なんておおよそ2年はしていない。いや、3年?
だって見慣れてしまって、気にならない。が冷静に見ると散らかっている。
意外に汚れているのが 食器棚のドアの内側。なんで??
ああ、カトラリーが入っている引き出しなんて、いらない物が沢山あって、
欲しい物が見つからないじゃないの。
数日間滞在となると誤摩化しが効かないぞー。しっかり掃除をしないと見破られてしまう。
さあ、大変だ。とばかりにここ最近の週末は掃除ばかりしている私だ。プレッシャー。
ああ、開き直って私は掃除がきらいです。ってなれればいいのに、
なぜか見栄?を張って、ここ迄綺麗にするのはなんでだろうか??
庭の手入れは?
そうそう、カーテンが長いって以前指摘されたっけ。
5年も経つのにいまだに長さは変わっていない。いつかやろうと思っていてがまだ進んでいない。
本箱は整理した。食器戸棚も引き出しも綺麗にしたぞー。
シンクの下のスペースも掃除した。いらない物が沢山あるなー。
あッ、オーブンがまだ何も手をつけていない。机の周りもまだ散らかっている。
タンスの中は? あれもこれも。。。
ああ、、、、まだまだ、やる事が沢山ある。
もちろん、お客様が来る事で我が家は綺麗さを保っていられるが、
義理ママとなると半端な状態では許されない。
これで完璧!!と思っても、必ず何かを見つけ、バシッ!!と後で何か言われるからねー。
キャーッ。残された週末はあと2回しかない。時間はないぞー。
何処迄できるか、ああ大変だ。 大変だーー。(義理ママ滞在記は後日ご報告しますね!)
April 08, 2008
新学説発見
先日、新聞を読んでいたら
「男の子の母親は、女の子のみを産んだ母親よりも男性ホルモンが多い」
という研究結果が発表されたという。
異性である男の子を育てるのは、どの母親にとっても多少のカルチャーショックを伴うが、性格が男性的な母親の方が男の子を育てるのに適しているので、そのようにプログラムされているのでは、というような話だった。
・・・・・・・
私は「男の子の母親」である。
「こんなに女らしい(そりゃ貧乳ではあるけど)アタクシに、『男性ホルモン』が多い?なんて失礼な…」
と一瞬憮然としたが、よく考えれば、貧乳であることが女性ホルモンの欠如を語る何よりの証拠であるような気もする。
そんな事はどうでもよいのだが、とりあえず、
「あなたは男の子を育てるためにプログラムされた母親である」
と言われれば、何となくそんな気がしてくるから不思議だ。(流されやすいだけか?)
「カルチャーショックが少ない」という事に関して言えば、確かに私には二つ年上の兄がいる。
物心ついた頃から、小学生くらいの男子がどんなにおバカか、どうでもいいような下らないことにどんなに情熱を注ぐか、ということを自然に目撃しつつ育ってきた。
親戚の家に遊びに行ったとき、あまりに兄が走り回ってうるさいので、伯父に縁側の柱に縛り付けられてしまった事がある。
これで静かになる…と思いきや、逆効果だった。
かえって喜んで、ますますエキサイトする兄を見て、墓穴を掘ってしまっただけの伯父を、幼心に気の毒に思ったものである。
子供の頃の兄の影響は強く、私は小学生の頃は「マーガレット」よりも兄の「少年ジャンプ」を、高校生になれば「セブンティーン」よりも兄の「ホットドックプレス」を愛読していた少女であった。
「ホットドックプレス」で勉強して得た知識のお陰で、息子が思春期になってからの体と心のケアもばっちり(な筈)である。
そう考えると、男兄弟がいたことが、知らず知らずのうちに男の子を育てるのに役立っているのかもしれない。
ここでひとつの仮説が浮かんだ。
A. 自分に男の兄弟がいる母親 → 男の子を産む確率が高い。
B. 姉妹のみがいる、もしくは一人っ子の母親 → 女の子のみを産む確率が高い。
(男の子も女の子も産んだ母親は、Aに属します。 母親自身に兄弟も姉妹もいる場合も、A。)
ロンドンのママ友や日本の友達のことを考えると、なんと一人を除いて全てこの法則に当てはまった。
しかし、なにぶん私の狭い交友関係の中のみのサンプリングなので説得力に欠ける。
皆さんや、周りの方はどうですか?この法則に当てはまりますか?
サンプル数が集まり合致率が85%を超えたら、学会に発表しようと思います。(うそです)
何はともあれ、今日も息子は彼の中の「マイブーム」の
「ウィリー・ボトムダンス」
を披露してくれた。
(私がソファに座ってTVを観ていると、おもむろに私の前に立ち、「ウィリー・ボトム、ウィリー・ボトム」と歌いながらズボンをずり下げ、腰を振って踊りだす。座っている私の顔の位置と、立っている息子のお尻の位置がちょうど一緒なので、代わる代わる彼のお尻とお○ん○んを目前で鑑賞しなければならない仕掛けである)
「おバカな男児」を生まれた時から見ている私は、こんな5歳男児の行動にも…決して……動じない。
……だけど…うちの兄は…ここまでバカじゃなかった様な気がする…という事実は、あえて考えないことにしている。
April 04, 2008
The X-Factor
「The X-Factor」というテレビ番組がイギリスにあります。いわゆる才能のある歌手を発掘しようというオーディション番組で、イギリスでは人気のシリーズになっています。
実は去年から私の勤務校でこの番組を真似たイベントが音楽学科主催でおこなわれています。企画名も「X-Factor」。完全なるパクリですね(笑)
生徒の中から参加者を募り、一次選考、二次選考とオーディションを行って本選出場者を決定します。今年は10組くらいが本選まで残ったでしょうか。
その中に実は、私が担任を持つ9年生クラスの生徒R、そしてクラスは違いますがそのこと一緒にデュオとして出演する同じく9年生のGがいました。
生徒Rは元気のいい女の子。時々突拍子も無いことを言ったりやったりして私とクラスの皆を驚かせ、そして笑わせますが、パワー全開、快活で素直な生徒です。そして、決して他人に流されない、とても独立心のある子供。そのせいでちょっと他の子から浮いてる、、、と見られがちなのですが、クラスのポジティブムードメーカー的な存在です。
彼女のお母さんとは何回か三社面談で会ったことがありますが、実は今までで一番印象に残っているお母さんです。他にも娘さんがいて、「私はね、自分の子供をすーごく愛してるのよ。宝物なのよ」と嬉しそうに「いつも持ち歩いてるの」と娘さんたちの写真を私に見せてくれた人です。こんな歳の私でも「いいなぁ、ああいうお母さんがいて、、、」と思ってしまいました。
本当に素直な人で、生徒Rが悪いことをしたと聞けば叱り、でも愛情は惜しみなく注ぐ、、、生徒Rがなぜあんなにいつも幸せそうで素直なのか分かる気がします。まぁ、去年はそんなRも思春期だったからなのか、少々感情の起伏が激しく、接するのが難しい時期もありましたが。
さて、そんな彼女と一緒に組んだのは私が歴史を教えているクラスにいる生徒G。実は、一月に書いた「アニメの力」という話に出てくる生徒Gと同一人物です。机に向かってする勉強が本当に苦手(というよりも怠けモノ)な彼女。でも、Japanese Clubに来るときは夢中になって質問したり、漫画を描いたりするのです。音楽もそんな彼女が情熱を注ぐものの一つです。
この二人、順調にオーディションを勝ち抜き、今週の火曜日に終に本選出場となりました。私も普段見られない生徒たちの姿が見れるので、火曜日の放課後に本選を見てきました。
最初はGとRだけちょこっと見るつもりでいったのですが、パフォーマンスを見だしたらこっちが夢中になりました。全ての生徒がすばらしかった。お世辞にもすごく上手いと言える生徒ばかりではありませんでしたが、100人近くいる観客(保護者も何人か来ていました)前で歌うなんて大の大人でも簡単に出来ることではないはずです。なかには「えー、あの子があんなに上手なんて!」と嬉しい発見もありました。
そして、いよいよGとRのパフォーマンス。彼女たちが選んだのはJohn LegendのOrdinary People という曲です。はっきり言って、最初の数フレーズを聞いただけでたぶん会場のほとんどの人が「この子達、すごく上手い」と思ったと思います。声量も音程のとり方も抜群。堂々とそして落ち着いた雰囲気で二人はこのとても難しい曲を歌いきりました。会場からは曲が終わった瞬間に大きな歓声が。
残念ながら私はこのあとやらなければならないことがあって結果を聞く前に会場を後にしたのですが、この子たちが優勝するなとほぼ確信していました。
そして、程なくイベントが終了したらしく、がやがやと廊下を歩いていた生徒たちに結果を聞きました。「RとGのデュオが優勝したよ」と。
やったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
うきうきしながら歩いていた駅までの帰り道、生徒Rが家族と一緒に道を歩いていました。思わず遠くから「R!よく頑張ったね!!あなたたちがほんと一番すごかったよ。おめでとう!」と叫んでしまいました。
すこし恥ずかしそうにでも嬉しそうに振り返って手を振ってくれたR。とても幸せになった夕方のひと時でした。
April 02, 2008
ああ、海外出張(その3)
やっと現地で合流したマリアや先方の人々と会食となった。
ワイワイとみんなよく喋る。
子供の話になると私もバーバラも関係ないので、2人で違う話題で話していた。
その印象は、結構いい人で、好感が持てる。
しかし、30分毎に小さな鏡を見て、免税店で買った口紅を綺麗に付け直しているのが気になった。
うーん。自分の身だしなみに厳しいのかな?それともナルシスト??
なんたって私は、英語が自分の言語でないので、だんだん無口になってくる。
ああ、ワインが旨い。料理もなかなか。勧められるままにデザートまで食べた。
満腹。満腹。満足。
そして、明日の朝の集合時間を聞いて、各自ホテルの部屋に。
朝食を食べにダイニングにいくと、マリアもリタもいた。
2人も普通の朝食を食べている。
なんていったってドイツの朝食はいい。ハムやチーズ、パンの種類が豊富でうまい。
それにケーキが朝食に用意されている。と、朝からケーキを食べて満足な私だ。
それに比べてイギリスの朝食はなんて淋しいのだろうか。涙。
あれ、バーバラがいない。朝食抜きなのかな?
そして、玄関に集合し、この出張の目的の場所へバスで向かった。
そこは工場で、担当のPRを紹介されて、さっそく一同工場見学を始めた。
ここではメモと写真を撮るのは、もっぱらマリア。時々興味本位で質問するのは私。
バーバラを見ると、なんだか元気がなくただ皆の後をついて来ているだけのように見える。
リタが、「どうしたの。今日は静ね。」と聞くと、
「だって情報がいっぱい過ぎるんですもの。」と
現地のPRの人の話が長いのと、工場の中を連れ回されているのでちょっとご機嫌が悪い。
しかし、我々はかれこれ2時間は工場を歩いていただろうか、
これじゃバーバラがいうのも無理はない。
PR担当者も「じゃあ、ちょっと休憩しましょう。」と我々をキャンティーンに連れて行ってくれた。
各自、水やお茶を飲んでいると、コツコツ、と音がした。
見るとバーバラが、ゆで卵を割っているではないか。
その視線を感じてバーバラが「朝食なの。」という。
えっ?と皆の目が点になっている。
ちょっと休むといっても、だれも何も食べていない。
みんなは、バーバラの行為にただ、唖然、沈黙だけ。
そして、お決まりのようにバーバラは、鏡を取り出し、口紅を付け直した。
バーバラが食べ終わったのを見計らって、
現地のPRの人が「朝食は終わったの?」と彼女に聞いていた。
バーバラはすまして、「ええ、終わったわ。」。この2人の間にはちょっと冷たい関係が見えた。
ともかく我々は1日中、工場内を歩き回り、質問し、写真を撮った。
その間、1度もバーバラは、質問も写真も撮影しなかった。
真面目なマリアとは、正反対なバーバラの態度に、
みんなは、彼女がいったい何をしにきたのだろうか、と疑問をもったようだ。
最後にお茶をしていた時に、現地PRの人が各自に感想を聞いてきた。
このとき、問題児のバーバラはすでにPRのイメージを掴んでいて、
しっかりと意見を述べていた。なるほどしっかり見ていたんだ。
そして、バーバラは、鏡を取り出し、口紅を付け直した。
私は、飛行機での優しい態度、そして、自分のやり方で仕事を進める彼女の姿を見て、
すっかりバーバラが好きになった。
その夜は、お疲れさま会で、また会食だ。飲んで、食べて、飲んだ。
バーバラとはさらに話し込んだ。
時々、鏡を取り出し、口紅を付け直した。
よく話を聞いてみると口紅を何度も塗るのは、唇が乾燥してしまうからだそうだ。
そうか、ナルシストだけの理由ではなかったんだ。
次の日は、私だけが別行動をするので、みんなとは朝に別れることにした。
最後にみんなとハグをして、バイバイをする時に
バーバラは「一緒に楽しく過ごしてくれて、ありがとうね。 」って別れの挨拶をくれた。
たった数日だったけど、英語は下手だけど、もっと英国人を知りたいなーと思った出張だった。
April 01, 2008
ジャンクフードの甘く危険な香り 2
子供は誰でもそうかもしれないが、息子も御多分にもれず、ジャンクフード大好きである。
なるべくジャンクフードを与えないようにはしているが、以前、私が風邪をひいて買い物に行けなかった時に、禁断の、秘蔵ラーメンをあげてしまったことがある。
うすらぼけた味の母の手料理に慣れていた息子は生まれて初めて出会った味に目を輝かせ、すごい勢いで平らげていた(涙)。
先々週のイースターの初日、日本食料品店に行くと、息子がインスタントラーメンのパッケージを見つけた。
「マミー、これ…欲しいな…」
見ると、半額お得セールである。
「そうね~。じゃあ、少しだけね~」
と言いつつ、
「息子が学校に行っている間に、また矢野顕子が来るかもしれないしな…備えあれば憂いなし」
と夫の目を気にしながら、すばやく数袋、かごの中に投入した。
その上を納豆でカバーし夫からの視線を遮断する。
家に帰ってから日本食料品店で買ったお刺身で遅めの昼食をとった後、夫と息子は外に遊びに出かけた。
夕方になり、少しお腹がすいた。
私の頭の中では、先ほどから矢野顕子が歌いまくっている。
家にひとり…。オーガニック信者の夫も息子もいなく、絶好のチャンスである。
インスタントラーメンを調理し、幸せな気分で「パンチの効いた味」を堪能した。
ラーメンのパッケージも破棄し、鍋や食器を洗い、証拠隠滅も完璧だ。
夫には、やはり先ほど購入した「おから」と野菜を煮て、「ヘルシーな一品」を作った。
夫と息子が帰宅すると、夫は
「お昼が遅かったから、あんまりお腹すいてないな」
と言う。
「そう思ったから、おから作っておいたよ。」
「う~ん、もっと軽いものでいいな…」
「軽いもの?なんかあったかな。」
すると夫は言いにくそうに、
「あのさ、君、さっき、インスタントラーメン買ってたよね…」
……あんたも食べたかったんかい!
息子ももちろん、滅多に食べられない「ごちそう」インスタントラーメンへの期待で目が輝いている。
(言っときますが、珍しいご当地ラーメンとかじゃなく、単なる出○一丁みそ味)
というわけで、その夕食は家族3人、インスタントラーメンのパンチの効いた味に舌鼓を打った。
…この夜、家族3人(息子は強制的に参加させられてるだけだが)の中で、「プチン」と音を立てて何かが弾けた。
「オーガニック教」のしがらみを振り切ったように、次の日もお昼はケンタッキーフライドチキン、夜はピザ、と3人でジャンク生活を楽しんだ。
勢いは留まるところを知らず、スーパーでクリスプの大袋を購入し仲良くシェア、翌日はバーガーキングで昼食をとった。
そしてとどめは近所の「ガストロパブ」ではないパブで、定番メニュー冷凍ラザニアの夕食だ。
私は「まあ、イースターだもん、いいよね~」
と自分に言い聞かせつつ、息子にもジャンクフードを解禁。
息子はいつもは食べさせてもらえないクリスプやハンバーガーのお許しが次々と出て、盆と正月が一緒に来たような喜びようだった。
家族3人、「ジャンクファミリー」となり果て(ジャンク‘フード’って意味ですよ)、イースターは終わった。
このままジャンクフードの甘い罠にはまってしまうのだろうか。
一年後の私達の姿を想像した。
スーパーで、トローリー一杯に炭酸飲料やクリスプや冷凍食品を買い込み、「あーはなりたくないよね~」とスリムな人々に指差され笑われる、横3倍増幅のデブデブ一家に成り果てた私達…。
一家の行く末を心配したが、ジャンク生活を謳歌したイースターが終わったら、なぜかまた「間の抜けた味」の私の料理が恋しくなった。
次のジャンク生活は、クリスマスかな。